君が月に帰るまで
難なく家までたどり着き、冷蔵庫に買ってきたものをしまう。少し早いが、自習室が開いているので、はじめは塾へ出かけることにした。
「いってくるね。外に出ちゃだめだよ。誰かきても居留守つかってね。なんかあったらさっき教えたみたいにスマホに電話して」
はじめは家電の使い方をゆめに教えた。もしものときは110番、119番など基本的なことも。ゆめは字も読めたので、メモ書きも添えて。その点は助かった。月と日本って同じ言葉使うのかな。
「いってらっしゃい! 待ってるね」
屈託のない笑顔を向けられて、心がほわんとする。なんだこれは……。胸がキュッと苦しくなってはじめは足早に玄関をあとにした。
***
しんと静かになった玄関に、ゆめは立ち尽くしていた。
ガタンと廊下の壁にもたれかかる。いったい何をしているんだろうか自分は。このままじゃ目標達成どころか、途中で拒否されて強制帰還だってありうる。
はぁーっと大きく息をつく。ふらふらと歩いて自室に戻り、バタンとハートのクッションに倒れこんだ。
目をつぶり、勾玉をギュッとにぎると満月の慌てふためく声がする。
『月夜! ちょっと、あれからどうなったの? こっちは気が気じゃないわよ』
昨日のケンカのあと、ゆめが泣きながら想念を送ったものだから、満月はいたく心配していた。しかもその途中でゆめは寝落ちしたので、いてもたってもいられなかったのだろう。
『……、また怒っちゃった。なんか全然上手くできないよ。恋なんかしなきゃよかった。好きにならなければ、こんなに苦しいこともなかったかな』
ぐずぐずとゆめは泣き始めた。月にいる時はほとんど泣いたことなんてなかったのに、地球にきてからは毎日泣いている。
『……好きな人の前で上手くできないっていうか、怖いのよね、相手を失うのが。だからよけいに墓穴掘るのよ』
『え?』
『私もわかるよ。でもそれだけ本気ってことでしょう。すこし落ち着けば大丈夫よ』
『お姉さま、恋をしたことがあるの?』
『それは、ひみつ♡』
『なにそれ』
『でもね、月夜。言葉で伝えるのってとっても大事よ。それが上手い下手に限らず。素直な気持ちを言葉にするの。昨日みたいに嫉妬しても、いい結果にはならないでしょう?』ゆめは昨日のはじめとの会話を思い出した。かえでとお茶でもなんて言うから、あまりの鈍感具合にぶっ叩いてしまった。
さすがにあれはだめだ。自分のことながらひどいことをしたと項垂れる。短気な自分が恥ずかしく、穴があったら入りたいくらいだ。