君が月に帰るまで
叶わないと知っていても、自分勝手だとしても、相手を困惑させたとしても。自分の気持ちにケリをつけてあげたい。

不本意だけど、かえでとのことも何か協力できたらいいな。はじめが嬉しそうだと、私も嬉しいし。

ゆめは自分の気持ちを全て整理し終えると、大きく息をつき、すっと丸窓の方に体を向けて座り直す。

その顔からは迷いが消えて、凛とした顔つきになっていた。

時計を見ると11時40分。ウサギになるまであと1時間。暑いかもしれないけど、少し外に出てみようかな。
ゆめは、広い庭を散策しようと、和室の縁側から庭へと降りた。今年家の庭は広い。青々とした芝生と、季節の草花。イングリッシュガーデンを彷彿させるかわいらしい庭だ。

うわーっと、ゆめは思わず声が出た。地球鏡で見るより、実物のほうがよっぽど素晴らしい。咲き誇る花々にあいさつをしながら歩いていると、さすがに暑くなって、頭がくらっとする。

少し、休ませてください。
ゆめは庭でいちばん大きな木、クスノキにもたれかかって、そう話しかけた。

月の住人の特徴のひとつは、木々や草花と想念を通じて話ができること。昨日も、公園の木々としゃべっていて時間を忘れた。

『こんにちは、はじめまして。月からきた月夜美谷之命です。2週間お世話になります』

さわさわと、木が揺れて声が頭の中に直接聞こえてくる。

『はじめまして。こちらこそ、よろしくお願いいたします。これはこれは、よくお姉さまに似ていらっしゃいますね』

ゆめは昨日眠れなかったせいで、意識を手放す寸前だった。

『お姉さま……満月ですか? 会ったことが……ある……の……??』

ゆめは疑問に思ったが、眠気に耐えきれず首をガクンともたげて、眠りに落ちる。

クスノキは眠っているゆめに、話の続きを語りかけたが、ゆめの心には届かなかった。***

今年家の庭は、生垣に囲まれて入るものの、近づけばその隙間から中が覗ける。

庭のすぐ外側の道路を、昨日ウサギのゆめとあそんでいた女の子とその母親が、公園からの帰り、手をつないで歩いてきた。

ちょうどそこへ母親の知り合いが通りかかって、ふたりが立ち話を始める。女の子は手持ちぶさたになって、生垣のすき間から今年家の庭をのぞいた。
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