君が月に帰るまで
──あれ、昨日のお姉さん? この家の人だったんだ。気持ちよさそうに寝てる。うさちゃんもどこかにいるのかな?
女の子は、木陰で寝ている人が昨日のトイレに入って出てこなかった女性だと気づいた。
「ねぇねぇ、雪ちゃん」
そこで母親に話しかけられて、後ろを振り向いた。学校のことなどを少し話して、また生垣をのぞく。
んんっ!? 先ほどまで木陰で寝ていた女性の姿はなく、かわりにかわいい昨日の白ウサギがそこにちょこんといるだけ。まるで変身でもしたかのようだ。
女の子はあわてて母親に告げた。
「ねえ、お母さん! やっぱり昨日のお姉さんはウサギかも!?」
「え? もう、何言ってるの? すみません、ときどき変なこと言うもんだから」
母親は、知り合いの女性に申し訳なさそうに謝った。
「……雪ちゃん、その話もうちょっとよく聞かせてもらえないかな」
雪の母の知り合いの女性、西野弥生はスマホの録音アプリを起動させながら、雪に話しかけた。***
同じ頃、塾は昼休みの時間。はじめは昨日のゆめのことを改めて考えれば考えるほど、気になってイライラし始めていた。なんであんなに怒ったんだろう。ケーキじゃなくて大福の方がよかったかな。だとしても殴ることないよね。
惣菜パンを噛む音が、ブリブリと音をたてる。怒りのあまり、近づいてきた人物に気がつかなかった。
「今年、あのさ」
斜め上から降ってきた声。びっくりして弾かれたように顔を上げると、夏樹の姿があった。
「あっ……ごめん。ぼうっとしてた。どうしたの?」
はじめは慌てて言葉を拾う。昨日のこともあって、変に緊張した。
「あのさ、かえでのことなんだけど」
えっ? かえで? ゆめのことじゃなくて? なんだろう。ふと教室の前の方に目をやると、かえでは女友達とランチタイムを楽しんでいるようだった。
夏樹ははじめの前の席に座ると、じっとはじめの目を見た。なに? 決意のようなものが目の奥にある。そんな不思議な目つきだった。