君が月に帰るまで
「今朝、塾に来る途中で、お前と家に一緒に入ってくのたまたま見かけたんだ。お前が、何しようと俺には関係ないけど、かえでを傷つけるなら許さないから」

「僕は、ゆめのこと親戚の子としか思ってないよ。それにゆめだって僕のことなんとも思ってないし」

はじめは夏樹に、昨日ゆめに殴られたこと、今朝また怒鳴られたことを話した。夏樹の目がどんどん丸くなっていく。

「……お前はニブチンだな」

はぁーっと大きく息をついて夏樹は足を組み、頬杖をついて窓の方に目をやる。

「にっにぶちん? なんで?」

顔を真っ赤にして怒ると、夏樹は窓の方を向いたまま「それ、お前のこと好きだから怒ったんだろ。それぐらいわかってやれよ」と言って立ち上がると、小さく息をついて教室を出て行った。夏樹の後ろ姿を見送ってしばらくたっても、はじめはまだぼうぜんとしていた。

今度はかわいらしい天使の声が斜め上から降ってきた。

「はじめくん、あのね」

バッと時速160キロの豪速球並みに顔を上げると、かえではびっくりしてのけぞった。

「ああ、ごめん。なに?」

さっきからみんななに? どんどん俺にたたみかけてくる。思考を整理させてくれー!! はじめの頭はショート寸前だった。

「ウサギ、大丈夫だった? もしまだ出血があるようなら、お父さんが消毒に来なさいって言ってたから……」

「あぁ、うん。ありがとう。もうすっかりいいみたい。傷も浅いし、心配かけちゃってごめんね」

「ううん、それならよかった。またこんどおうちに遊びに行かせて」

「うん。また予定みとくね」

さっきの夏樹の言葉が頭を巡る。変なドキドキが止まらない。相変わらずの透き通る美しい顔に、息が止まりそうになる。

はじめの混乱をよそに、かえではにこっと笑って自分の席に戻って行った。

半分食べかけの惣菜パンを袋にしまうと、はじめは大きく息をついて机に突っ伏した。

頭の中を整理する。
夏樹はかえでがすき。
あくまで仮定だけど、かえでは僕のことが好き。
あくまで仮定だけど、ゆめは僕のことが好き。
僕は、かえでが好き。
かえでは大学合格が決まるまで誰とも付き合う気はない……。

なにこれ。複雑。
整理した反面、自分はどうしたいのだろうと考える。
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