君が月に帰るまで
「あっ……あさって? なんでそんな急に!?」

イギリス(こっち)も夏休みなんだよ。彼女に会いに帰るつもりだったけと、お前の顔も見たいからさ。父さんと母さんは学会でアメリカだろ? 帰ってきたタイミングで家族会議やろうぜ。根回ししとく。俺は今月中にイギリスに帰ればいいから」

ルンルンで話す零のテンポが早すぎる。はじめが、あの、えっ? とうろたえている間に「じゃ、そういうことで」と電話は切られてしまった。なっ……えっ? 心強い? 強引? 無茶苦茶? 変わらない竹を割ったような兄の言動にびっくりする。スマホを布団の上にボスっと置くと、ゲラゲラと笑いがこみ上げてきた。

いままでずっと苦しかった気持ちが、あっという間になくなっていた。
壁は取り払われて、自分の足で歩いていけることに快感すら覚える。

こんなに簡単だったんだ。
グズグス悩んでいたのが馬鹿らしい。いまの自分なら親に話もきちんとできそう。殴られても、罵られても、自分に正直でいよう。

塾のコースも夏休み中はこのままでも問題ないだろう。話し合ってから、文系コースにかわればいい。

なんかやる気がみなぎってくる。
金色のオーラに包まれて机に向かうと、はじめはガリガリと音を立てて勉強をはじめた。
気がつくと、時計はもう深夜2時を指していた。

5時間も……。かつてこんなに集中していたことがあっただろうか。自分の中にあるエネルギーが放出されるとは、恐ろしいものだ。

うーんと伸びて、はじめはシャワーを浴びようと下へ降りていく。祖父の離れからは物音もなく静かだ。ゆめがきてから不思議なことばっかり起こる、そんな気がしていた。シャワーを浴びて、リビングでお茶を飲んでいると、カタンと音がする。

外から聞こえたようだ。はじめはリビングの窓を開けて、あたりを見回すと、ゆめが縁側にすわってぶらぶらと足を揺らして空を仰いでいる。

はじめも空を見上げる。きれいな三日月がのぼってきていた。

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