君が月に帰るまで
「はじめ? まだ起きてたの?」

こちらに気がついたゆめと目が合う。屈託ない笑顔に、心臓がドキンと跳ねた。

「うん……勉強してた」

「おつかれさま」

「ゆめは? 眠れない?」

「うーん、そんな感じ。ねぇ、こっちくる?」

気怠く誘う声に、なぜか心臓がバクバクと音を立てたので、はじめは驚いた。

なんだろう。この鼓動。リビングの窓からそっと外へ出て縁側まで行くと、紺地に金魚の柄の浴衣姿のゆめが、ニコッと笑う。

えっ、なに……。かわいい。
はじめは思わず右手で口を押さえる。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「どうぞ」
「うん」

すすすっと、ゆめは横にずれる。空いたところに、はじめはちょこんと座った。

「ねえ、はじめ」
「なに?」
「願いごとってもう、決めた?」
「ああ、ゆめが帰るときに叶えてくれるってやつ?」

コクコクとゆめはうなづく。「あの朔さん? だっけ。あの人に会ったときは医学部に合格させてほしいって思ってたんだけど。もうそのお願いは必要なくなっちゃったんだ。だから他のお願いを考えようと思ってる」

「いがくぶ……。お医者さんはもういいの?」

「うん。もういいんだ。実はさっき兄と話してね、お前の人生なんだからやりたくないことなんかするなって言われた。
そしたら、バーンと目の前がひらけたみたいになってさ。医学部目指さなくてもいいんだって思ったらすごくうれしくて。おかしいよね、物心ついてからずっと医者を目指してきたのに。たった一言でやめちゃうんだから」

ゆめはじっとはじめを見つめて、話を聞いている。

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