君が月に帰るまで
「でも、いいんだこれで。もし両親に怒られたとしても、呆れられたとしても、こんな気持ちで医学部なんかいけない。お医者さんなんか、到底なれないよ。
それなら、自分の好きな分野の勉強をとことんしたい。研究や、発見をできれば幸せ。そうじゃなくても、自分の気持ちに正直でいたいって思ったんだ」

はじめは三日月を眺めながら、そう話した。最近では、進路の話になると全然声が出なかった。医学部に行きたい。そう絞り出すことが精一杯のことだってあった。

本当にこれが自分なのかと思うくらい、どんどん言葉が出くることに、はじめは驚いていた。自分の好きなことに挑戦する。それがどれだけ自分にとって力をくれることなのだろうか。
「……はじめ、よかったね。すごくいい顔」

そう言われて、はじめはゆめに目を落とす。穏やかで、美しい笑顔にボンっと顔が赤くなる。

「まだ、問題は山積みだけどね。両親も説得しなきゃいけないし。兄がもうすぐ日本に帰国するから一緒に話してくれることになってるんだ」

「そっか、お兄さんいるんだっけ」

「うん、いつも優しくて頼りになる兄だよ。変人だけどね」

「ふふっ、会ってみたいな」

「そうだね。家にも少し来るって……ああっ!?」

はじめは大きな声を出して、ハッと深夜だということに気づきあわてて口を押さえた。

兄は明後日帰国する。家に寄ると言っていた。え、ゆめのことをどう説明するんだ?

「……わたしのこと?」

「うん……。兄になんて説明しようか。少し寄るだけで、泊まりはしないと思うから、ここでじっとしててもらってもいいし。でも、ゆめは兄に会いたいんだよね? うーん……」

「そうだね。友だちでいいんじゃないかな」

「え、友だち……?」

「うん、はじめの友だち。だめかな?」

吸い込まれそうな目でそう言われて、はじめは息をのんだ。

「そう……だね。友だちならいっか。じゃあそうしよう」

「やった! お兄さんに会うの楽しみ」

素直に喜ぶゆめの姿を見ていたら、はじめはズキンと胸が痛んだ。

えっ、なにこれ。痛い。

初めての感情に、戸惑ってしまったはじめは、ゆめにおやすみと告げてさっさとリビングの窓から部屋に入り、二階へと引き上げていった。


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