君が月に帰るまで
「どっかの迷いウサギだね。動物愛護センターに連絡しておこう」
「そうですね、しばらくは家に置いてあげますか?」
「向田さんがよければ」
「トイレのしつけはできているようですし、飼い主が見つかるまでなら」

向田も珍しく賛同すると、家をあとにした。

動物愛護センターへ連絡を入れたが、飼い主らしき人からの連絡はないようだ。しばらく家で預かることを伝えて電話を切った。

ウサギは、電話をしているはじめの様子を心配そうに見つめていた。

「大丈夫。飼い主がみつかるまで、ここにいていいよ。僕もひとりじゃさみしかったし」

そう声をかけると、あからさまに嬉しそうにぴょんぴょん走り回った。言葉もわかるのかな? かしこいウサギだ。

駅前のペットショップへウサギのエサを買いに行く。途中で幼なじみの紅葉(もみじ)かえでと会った。

「はじめくん、こんにちは。おでかけ?」

かえでは高校ではアイドル的存在。きれいにまとめたポニーテールに、くりくりの目。天使のほほ笑み。膝丈の白いワンピースがまぶしい。

「ああ、うん。駅前のペットショップ」

「ペットショップ? 飼ってた犬は死んじゃったって言ってなかった?」

「それが、庭にウサギが迷いこんできて。飼い主が見つかるまで預かることにしたんだ」

「そうなんだ。ウサギいいね、飼い主見つかる前にまた見せてよ」

そう言われてはじめはドキッとした。小学校まではよくかえでも家に遊びにきていたが、それ以来きていない。遊びに行きたいと言われたようで顔が赤くなる。勘違いもはなはだしいが。

「うっ……うん。よかったら勉強の息抜きにでも」

「ありがとう。ねぇ、はじめくんもお兄さんと同じA大の医学部めざすの?」

はじめとかえでは塾でも同じ医学部コース。かえではいつもいちばん前の席で真剣な眼差しを黒板に向ける。誰しもが一度は恋する高嶺の花だ。

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