君が月に帰るまで


「ゆめちゃん、ごめんね学習室譲ってもらっちゃって」
「いいの。あそこの図書館で本読まなかったら損だから」
「損?」
「読書することを楽しむために作られた空間なんだよね。すごくすてきだった」
「そっか、喜んでくれたならよかった。私もあそこの建築すきなの。実は尊敬する建築家のデザインで……」

目を輝かせて話すかえでの姿に驚く。あれもしかして。

「ねえ、かえでって、ほんとに医者志望?」
ビクッと体を動かして「えっ?」と短くこたえる。

「ううん。実はね、建築家志望なの」
「建物を立てる人になりたいんだ」
「うん、希望はね」
「なんで塾は医学部コースなの?」
「それは……」

なるほど。はじめがいるからか? 賢いかえでなら、どこの大学でも余裕で入れるんだろうな。

「実はね、イギリスの建築学で有名なK大学に行きたいの。お父さんからは日本の大学にしろって言われてるんだけど、諦めきれなくて食い下がったら、日本で1番難しいT大医学部に受かったら、行かせてやるって。だから医学部コース」

「はぁ……」

よくはわからないが、とにかくすごいことなのだろうということは理解できた。「すごいね、自分のやりたいことがあって」
「ゆめちゃんは?」
「うーん、ヒミツ」
「えーっ、なんで……」
「それより、私来週には家に帰るから、心配しないで!」

えっ? というかえでの言葉と同時に夏樹が戻ってきてサイダーをテーブルに置いた。
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