死グナル/連作SFホラー
畳の下⑦
元不動産業:安原鈴絵の場合



あの事故の後、懸命のリハビリで小原さんは仕事に復帰できました。
その当時のことはよく覚えています。
業者仲間みんなで全快を祝って、なにしろ、元気満々な小原さんの姿が印象的でした。


そんな彼も、実はあの時すでに、不思議な現象に見舞われていたんです…。


***


『…退院後、しばらくして俺はS町の例の施主さんを訪れたよ。とにかく、はっきりさせたかったんだ。生死の狭間で俺の意識の中に現れた死人の顔…、果たしてそれが若き日のAさん、その人だったのかどうか…。まあそれは、昔の写真を見せてもらえれば結論が出る話だし、彼らには率直に話したんだよ』


その結果…、ご夫婦はその場で了解し、Aさんの昔のアルバムを小原さんに見せたそうです。
そして…、小原さんの見立てはまさに、”その通り”だったことが判明してしまいました…。


『…回答は出た。だが、その何故ってのはさっぱり見当がつかない訳だ。Aさんの息子夫婦に全部を話しても、彼らだって、さあ…?、となるよ。でも、俺の閉じた瞼には、その時から数十年遡った30代のAさんが”死者の顔”で映った。これは事実だったんで、その意味するところをさ、俺はいろいろ考えてみたよ』


ここから、小原さんの心象との対峙が始まったようなのです。
これは、今の私にはわかりますが、想像を絶する日常解脱への挑戦に他ならなかったと思うのです。


***


この世の常識を一旦排除することほど、現代をフツーに生きる人間にとって辛苦を伴う作業はないでしょう。
それを、勇気を持って小原さんはやりました。


その小原さんが、辿り着いた先…。
それは、あの時まだこの世に生きていたAさんによって、死後の姿を転送された…。
そう言う解釈だったようなのです。





< 17 / 38 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop