死グナル/連作SFホラー
畳の下⑨
元不動産業:安原鈴絵の場合
小原さんが持病の悪化でこの世を去ったのは、この年から6年後になります。
そして、私の瞼に小原さんの”死後の顔”が初めて訪れるのが、時田さんが亡くなって3年後の暮でした。
その時は、病弱だった腹違いの妹が生涯独身で孤独な死を迎える前日でした。
私を訪れた小原さんは、若い頃ではなく、当時のリアルタイムに近かった感じで捉えていましたが、いつもの精悍な顔つきではなく、髪の毛は逆立ち、黄色い髭がにょきにょき顎辺りを蠢いていたんです。
この顔は、彼が亡くなった後もほぼ同様で、私には死後の自分を伝える姿が、それなんだろうと理解する他ありませんでした。
要するに、私は小原さんがAさんを”見ていた”ように、彼の生前からその死後の顔を見ることになったのです。
私は迷いましたが、このことは小原さんが亡くなるまで告白しませんでした。
***
時は巡り、この私も時田さんが亡くなった当時の小原さんとほぼ同年齢に達しました。
健康状態もあの当時の彼とは、似たようなものだと思います。
すなわち、今まで私の瞼の中を訪れる死後の顔から胸に去来する、死へのリアル感は格段に上がったのです。
あの時、いみじくも小原さんが口にしていたように、できることであれば、死後の顔は脳裏から排除したい…。
これが正直な気持ちです。
でも…、ここに来て思うのです。
小原さんはAさんの、おぞましい生前における行い、業の深さが染み込んでいる畳と接触することで、Aさんが怯え慄いていたであろう、生前の自分が招きよせたこの世での自分の死後…。
それを畳職人である小原さんに発信したのかも知れません。
無論、本人の知り得ないところで…。
対して私はどうなのか…。
今は分かりません。
***
しかし、あの時田さんをこの世から送り出す通夜の席で、二人、死ということを一歩踏み込んで話し合ったあの場は、間違いなくひとつのきっかけになったと思えるのです。
ですから、私のような境遇に辿り着く人は他にもいるはずです。
きっと…。
そう思えてなりません。
ひょっとしたら、今日、道端ですれ違った女子中学生とかも…。
畳のウラ
ー完ー
元不動産業:安原鈴絵の場合
小原さんが持病の悪化でこの世を去ったのは、この年から6年後になります。
そして、私の瞼に小原さんの”死後の顔”が初めて訪れるのが、時田さんが亡くなって3年後の暮でした。
その時は、病弱だった腹違いの妹が生涯独身で孤独な死を迎える前日でした。
私を訪れた小原さんは、若い頃ではなく、当時のリアルタイムに近かった感じで捉えていましたが、いつもの精悍な顔つきではなく、髪の毛は逆立ち、黄色い髭がにょきにょき顎辺りを蠢いていたんです。
この顔は、彼が亡くなった後もほぼ同様で、私には死後の自分を伝える姿が、それなんだろうと理解する他ありませんでした。
要するに、私は小原さんがAさんを”見ていた”ように、彼の生前からその死後の顔を見ることになったのです。
私は迷いましたが、このことは小原さんが亡くなるまで告白しませんでした。
***
時は巡り、この私も時田さんが亡くなった当時の小原さんとほぼ同年齢に達しました。
健康状態もあの当時の彼とは、似たようなものだと思います。
すなわち、今まで私の瞼の中を訪れる死後の顔から胸に去来する、死へのリアル感は格段に上がったのです。
あの時、いみじくも小原さんが口にしていたように、できることであれば、死後の顔は脳裏から排除したい…。
これが正直な気持ちです。
でも…、ここに来て思うのです。
小原さんはAさんの、おぞましい生前における行い、業の深さが染み込んでいる畳と接触することで、Aさんが怯え慄いていたであろう、生前の自分が招きよせたこの世での自分の死後…。
それを畳職人である小原さんに発信したのかも知れません。
無論、本人の知り得ないところで…。
対して私はどうなのか…。
今は分かりません。
***
しかし、あの時田さんをこの世から送り出す通夜の席で、二人、死ということを一歩踏み込んで話し合ったあの場は、間違いなくひとつのきっかけになったと思えるのです。
ですから、私のような境遇に辿り着く人は他にもいるはずです。
きっと…。
そう思えてなりません。
ひょっとしたら、今日、道端ですれ違った女子中学生とかも…。
畳のウラ
ー完ー