ひとりぼっちのさくらんぼ
こういう時には実体のない体は楽でいい。
ドアを開け閉めしなくても、通り抜けられるから。
音を立てることもなく、リビングに移動するなんて簡単だった。
時々、ふたりの笑い声が聞こえる。
「あはははっ」て感じじゃなくて、「ふふっ」て感じ。
市原さんの、
「可愛い……」
って呟く甘い声が聞こえてきた時、ドキドキして、あたふたしたけれど。
あたし、思ったんだ。
(あたしのこれから先にある『無駄な恋』は、きっと市原さんとの恋のためにあるんだろうなぁ)
市原さんのことを好きになって。
未来のあたしは、どんな女の子になるんだろう?
どんなふうに毎日を過ごすんだろう?
告白したくても、しなかった未来のあたし。
「再会した」ってことは、きっとどこかで一度離れ離れになるんだよね?
だけど、過去からやって来たあたしが、ふたりを両想いにしたんだ。
目を閉じて。
考えてみる。
優しくて、穏やかな市原さん。
笑うとちょっと鼻筋にシワが寄るのも、可愛い。
メガネが似合っていて、知的に見える。
……実際、賢そうだしね。
ほんわかした雰囲気も、和やかな話し方も、好きだなって思う。