なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
10.新しい生活
ボルドー色の光沢のあるワンピースに袖を通し、白いエプロンをして、私は姿見の前に立った。背中まである黒髪を一つに纏めて気合を入れる。
(よし、今日から頑張るぞ!)
支給された制服は、着心地が良くて暖かいし、意外と動きやすい。昨日旦那様に買っていただいたワンピースと殆ど遜色ないくらいの上等な物だ。こんなに素敵な服が制服なのも有り難い。
昨日は嬉しかったな、とつい私は思い出す。
私の身体にピッタリ合う、お洒落で可愛い服を沢山買っていただいてしまって、私は帰りの馬車の中で何度も旦那様にお礼を言った。最初は素っ気無かった旦那様に最後は煩がられてしまったが、それくらい嬉しくて舞い上がっていたのだ。プレゼントなんて最近全然無かったものだから、就職祝いだと言われて、尚更。
こんなに良くしてくださる旦那様のお目汚しにならない為にも、もう二度と値段だけでは服を選ばないと反省する。今度からは、ちゃんと自分に似合っている服を選ぼう。……お買い得だと尚良いなぁ。
そんな事を思いながら食堂に向かう。扉を開けると、既にハンナさんの姿があった。
「おはようございます、ハンナさん。今日から宜しくお願いします」
「おはようございます、サラさん。こちらこそ宜しくお願い致します。早速ですが、旦那様の朝食の用意を手伝っていただけますか?」
「はい!」
ハンナさんに教えてもらいながら、旦那様の朝食の準備をする。その合間に洗濯の準備だ。お屋敷中の洗濯物を浸け置き洗いしている間に、旦那様が朝食を終えられるので、出勤のお見送りをする。その後交代で朝食を頂き、洗濯物を洗い終えて干したら、今度は掃除だ。
「ハンナさん、高い所は私がやりましょうか?」
「まあ、そうしていただけると助かります」
少しでもお世話になっているハンナさんのお役に立ちたくて、脚立を使って高い所の埃を落としたり、重い物を移動させたりする作業は積極的に引き受けた。
掃除が一段落した所で、休憩時間になったとの事で、厨房でお茶とお菓子を頂いた。
「この焼き菓子は、昨日旦那様にお土産で頂いたんですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
何と旦那様は、街へ行く度に使用人達にお土産を買って来てくれるらしい。何て素晴らしい旦那様なんだろう!
そう言えば、昨日私が服の試着をしている間に、旦那様が何か買って来ておられたようだったけれども、これだったのかなと思いながら、有り難く頂戴した。バターの凄く良い香りがするフィナンシェは、しっとりしていてとても美味しい。
(そう言えば、お菓子も久し振りに食べるかも。こんなお屋敷で働けて、本当に幸せだなぁ……)
幸せ気分に浸りながらお菓子を食べ終え、ふと気が付くと、何故か皆さんが微笑ましそうに私を見ていた。
「サラさんは、本当に美味しそうに召し上がられますね」
「そ……そうでしょうか?」
何時の間にか皆さんの注目を浴びていて、私は赤面した。
(気付かないうちにがっついちゃっていたかな? やだ恥ずかしい)
因みに、仕事の合間にキンバリー辺境伯邸で働く皆さんを紹介していただいた。
家令のリアンさんとメイド頭のハンナさんは、実は夫婦だとの事。道理で仲が良さそうに見えたのだと納得した。お二人の息子のベンさんは、今少しずつリアンさんの仕事を引き継いでいる最中らしい。
後は通いで働いている、御者兼馬丁のフィリップさん、料理人のケイさんに、庭師のレスリーさん。皆気の良いおじ様方ばかりだ。
休憩の後は、掃除を再開。広いお屋敷なので、どうしても時間がかかってしまう。これまた切りの良い所まで終わらせて、交代で昼食を頂いた。ケイさんの賄いがとても美味しくて、私はまた幸せを噛み締める。お腹いっぱい食べられるって本当に幸せだ。生きていて良かったと実感する。
美味しい美味しいと言いながら食べていたら、ケイさんに特別にデザートを頂いてしまった。余程お腹が空いていたのだと思われてしまったんじゃなかろうかと、少し恥ずかしかったが、ケイさん特製プリンを一口食べたら、そんな事はどうでも良くなってしまった。たとえ食い意地が張っていると言われようとも、是非また食べさせてもらいたい美味しさだ。
のんびり賄いを食べ終えた後、沢山ある屋敷の窓を全てピカピカに磨き終えると、今度はティータイム。こんなにゆっくりできるなんて、本当に恵まれているとしみじみ実感しながら、有り難くクッキーを摘まませてもらった。
美味しいお茶とお菓子を頂いた後は、洗濯物を取り入れて片付ける。ついでに緊急時用の非常食や衣類の管理についても、ハンナさんに教えてもらった。
夕食の準備を少し手伝い、帰宅された旦那様をお出迎えし、旦那様が夕食を終えられると、私達も交代で夕食を頂く。こうして一日の仕事を終えて、使用人用の浴室で一日の汚れを洗い落として、さっぱりした気分で眠りに就く。
理不尽に余計な雑用を増やされる事も無ければ、八つ当たりされてこき使われる事も無い。夜は徹夜させられる事も途中で叩き起こされる事も無く、清潔でふかふかのベッドで朝までぐっすりと眠れる。食事を抜かれる事も無く、三食きちんとお腹いっぱい食べられるし、休憩もできるし、お菓子まで食べられる。お屋敷の人達は皆優しくて、新人の私を可愛がってくれる。旦那様はちょっと不愛想だけど、優しくて尊敬できるとても良い人だし、ここはまるで天国だ。
フォスター伯爵家でも似たような仕事をしていたけれども、良い人達に恵まれたキンバリー辺境伯家の方が、圧倒的に遣り甲斐があった。数日もしないうちに、私はすぐに仕事に慣れて、毎日を楽しく過ごすようになったのだった。
(よし、今日から頑張るぞ!)
支給された制服は、着心地が良くて暖かいし、意外と動きやすい。昨日旦那様に買っていただいたワンピースと殆ど遜色ないくらいの上等な物だ。こんなに素敵な服が制服なのも有り難い。
昨日は嬉しかったな、とつい私は思い出す。
私の身体にピッタリ合う、お洒落で可愛い服を沢山買っていただいてしまって、私は帰りの馬車の中で何度も旦那様にお礼を言った。最初は素っ気無かった旦那様に最後は煩がられてしまったが、それくらい嬉しくて舞い上がっていたのだ。プレゼントなんて最近全然無かったものだから、就職祝いだと言われて、尚更。
こんなに良くしてくださる旦那様のお目汚しにならない為にも、もう二度と値段だけでは服を選ばないと反省する。今度からは、ちゃんと自分に似合っている服を選ぼう。……お買い得だと尚良いなぁ。
そんな事を思いながら食堂に向かう。扉を開けると、既にハンナさんの姿があった。
「おはようございます、ハンナさん。今日から宜しくお願いします」
「おはようございます、サラさん。こちらこそ宜しくお願い致します。早速ですが、旦那様の朝食の用意を手伝っていただけますか?」
「はい!」
ハンナさんに教えてもらいながら、旦那様の朝食の準備をする。その合間に洗濯の準備だ。お屋敷中の洗濯物を浸け置き洗いしている間に、旦那様が朝食を終えられるので、出勤のお見送りをする。その後交代で朝食を頂き、洗濯物を洗い終えて干したら、今度は掃除だ。
「ハンナさん、高い所は私がやりましょうか?」
「まあ、そうしていただけると助かります」
少しでもお世話になっているハンナさんのお役に立ちたくて、脚立を使って高い所の埃を落としたり、重い物を移動させたりする作業は積極的に引き受けた。
掃除が一段落した所で、休憩時間になったとの事で、厨房でお茶とお菓子を頂いた。
「この焼き菓子は、昨日旦那様にお土産で頂いたんですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
何と旦那様は、街へ行く度に使用人達にお土産を買って来てくれるらしい。何て素晴らしい旦那様なんだろう!
そう言えば、昨日私が服の試着をしている間に、旦那様が何か買って来ておられたようだったけれども、これだったのかなと思いながら、有り難く頂戴した。バターの凄く良い香りがするフィナンシェは、しっとりしていてとても美味しい。
(そう言えば、お菓子も久し振りに食べるかも。こんなお屋敷で働けて、本当に幸せだなぁ……)
幸せ気分に浸りながらお菓子を食べ終え、ふと気が付くと、何故か皆さんが微笑ましそうに私を見ていた。
「サラさんは、本当に美味しそうに召し上がられますね」
「そ……そうでしょうか?」
何時の間にか皆さんの注目を浴びていて、私は赤面した。
(気付かないうちにがっついちゃっていたかな? やだ恥ずかしい)
因みに、仕事の合間にキンバリー辺境伯邸で働く皆さんを紹介していただいた。
家令のリアンさんとメイド頭のハンナさんは、実は夫婦だとの事。道理で仲が良さそうに見えたのだと納得した。お二人の息子のベンさんは、今少しずつリアンさんの仕事を引き継いでいる最中らしい。
後は通いで働いている、御者兼馬丁のフィリップさん、料理人のケイさんに、庭師のレスリーさん。皆気の良いおじ様方ばかりだ。
休憩の後は、掃除を再開。広いお屋敷なので、どうしても時間がかかってしまう。これまた切りの良い所まで終わらせて、交代で昼食を頂いた。ケイさんの賄いがとても美味しくて、私はまた幸せを噛み締める。お腹いっぱい食べられるって本当に幸せだ。生きていて良かったと実感する。
美味しい美味しいと言いながら食べていたら、ケイさんに特別にデザートを頂いてしまった。余程お腹が空いていたのだと思われてしまったんじゃなかろうかと、少し恥ずかしかったが、ケイさん特製プリンを一口食べたら、そんな事はどうでも良くなってしまった。たとえ食い意地が張っていると言われようとも、是非また食べさせてもらいたい美味しさだ。
のんびり賄いを食べ終えた後、沢山ある屋敷の窓を全てピカピカに磨き終えると、今度はティータイム。こんなにゆっくりできるなんて、本当に恵まれているとしみじみ実感しながら、有り難くクッキーを摘まませてもらった。
美味しいお茶とお菓子を頂いた後は、洗濯物を取り入れて片付ける。ついでに緊急時用の非常食や衣類の管理についても、ハンナさんに教えてもらった。
夕食の準備を少し手伝い、帰宅された旦那様をお出迎えし、旦那様が夕食を終えられると、私達も交代で夕食を頂く。こうして一日の仕事を終えて、使用人用の浴室で一日の汚れを洗い落として、さっぱりした気分で眠りに就く。
理不尽に余計な雑用を増やされる事も無ければ、八つ当たりされてこき使われる事も無い。夜は徹夜させられる事も途中で叩き起こされる事も無く、清潔でふかふかのベッドで朝までぐっすりと眠れる。食事を抜かれる事も無く、三食きちんとお腹いっぱい食べられるし、休憩もできるし、お菓子まで食べられる。お屋敷の人達は皆優しくて、新人の私を可愛がってくれる。旦那様はちょっと不愛想だけど、優しくて尊敬できるとても良い人だし、ここはまるで天国だ。
フォスター伯爵家でも似たような仕事をしていたけれども、良い人達に恵まれたキンバリー辺境伯家の方が、圧倒的に遣り甲斐があった。数日もしないうちに、私はすぐに仕事に慣れて、毎日を楽しく過ごすようになったのだった。