なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

12.クヴェレ地方へ

「では皆さん、行って来ます!」
「はい。どうぞお気を付けて」
「楽しんで来てくださいね、サラさん」
 リアンさんやハンナさん達に見送られ、私は旦那様とクヴェレ地方に旅立った。

 旦那様から今回の出張のお供のお話を頂いた時から、ずっと楽しみではあったけれども、少し不安でもあった。何せ、目的は魔獣が出やすい観光地の警備応援なのだ。旦那様はとてもお強いから何も心配は要らないし、向こうで応援兵の方々が使用する建物の掃除等を手伝えば、後は観光を楽しめるとハンナさん達から聞いてはいたけれど、魔獣が出た時の事を考えると、やっぱり怖い。気休めに、昔お母さんに教わった手作りの魔除けのお守りを作ってしまう程度には。
 だけど、やっぱり温泉や名物料理は楽しみだ。美味しいお菓子もあると聞いているので、いつもお世話になっているお屋敷の皆さんにお土産も買って帰りたい。先日遂に初任給も頂けたので、仕事時間外は目一杯観光を楽しむつもりだ。

(どうか、魔獣なんて出ませんように!)
 馬車に揺られながら、お守りを握り締めてお祈りする。

「それは何だ?」
 向かいの席に座る旦那様に訊かれて、私はちょっと恥ずかしくなったが、お守りを旦那様に見せた。

「魔除けのお守りです。昔母に教わった事を思い出しながら私が作った物で、気休め程度ですけれども……」

 紙にペンで模様を描いて、ハンナさんに貰ったはぎれ布で作った小さな巾着袋に入れているだけのお守りを、旦那様は不思議な物を見るかのようにしげしげと見つめている。

「あの、も、もし宜しかったら、ですけど、旦那様の分も作ってありまして……」
 私は思い切って、荷物の中から別のお守りを取り出した。

 私よりも遥かに魔獣に遭遇する確率が高いであろう旦那様を心配して、自分の分と一緒に作った所までは良かったが、こんな気休めでしかない自作のみすぼらしいお守りを旦那様に押し付けた所で、迷惑にしかならないだろうという事に気付き、今日まで渡すに渡せなかった物だ。
 旦那様が要らないと仰ったら、すぐさま荷物の中に突っ込み直すつもりだったのだけど。

「……貰っておこう」
 予想に反して、旦那様は私の手からお守りを取り上げた。

「えっ、あ、ありがとうございます!」
「何故お前が礼を言う?」
「旦那様が受け取ってくださって、嬉しかったので」
 思わず笑顔になると、旦那様は視線を逸らした。

 ……気のせいだろうか? 相変わらず仏頂面をされているけれども、ちょっと頬が赤くなられているような気がする。
 もしかして、照れていらっしゃるのかな? 凄く分かりにくいけれど。

「……普通、礼を言うのはこちらの方だろうが」
「でも、私が嬉しかったので」

 旦那様の新たな一面を発見したような気になって、だらしなく頬を緩めている私に、旦那様は暫くの間目を合わせてくださらなかった。

 日が西に沈みかける頃、私達はクヴェレ地方に到着した。キンバリー辺境伯家の近くの繁華街とは、また雰囲気が異なる温泉街。うっすらと雪が積もっている道の端には、そこかしこに美味しそうな食べ物を売る屋台が並び、所々で足湯に浸かって気持ち良さそうに目を細めている人々を見掛ける。

 応援兵用の宿舎の前で馬車を降り、私は管理人の方に挨拶して、明日からの仕事の時間割や門限について一通りの説明を受けた。
 旦那様がお仕事中の一週間、私も宿舎の離れに寝泊まりさせていただき、宿舎や詰所の掃除等をお手伝いする。一週間の内一日頂けるお休みは、旦那様と合わせてくださっていると事前に聞いていた通りだ。その日は旦那様が自ら街を案内してくださると仰っていたので、今から凄く楽しみだけれども、まずは仕事をきちんと全うしなくては。
 注意事項を頭に叩き込んだ私は、お借りした部屋に荷物を置いて、すぐに宿舎の玄関口に向かった。夕食は旦那様が馴染みのお店に連れて行ってくださるのだ。旦那様が仰っていた時間にはまだ少し早いけれども、まさか使用人が主人を待たせる訳にはいかない。

「あれ、君どうしたの?」
 玄関口に立っていたら、恐らく兵士だろうと思われる体格の良い方々に話し掛けられた。

「すみません、人を待っておりまして」
「へえ、誰を待っているの? 何なら俺達が呼んで来てあげようか?」
「いいえ、私が早く来過ぎただけなので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「遠慮なんてしなくて良いよ。こんなに可愛い女の子を待たせるなんて、男の風上にも置けないからね」
「そうそう。何ならそんな男放っておいて、今から俺達とご飯でも食べに行かない?」
「君この近くに住んでいるの? 美味しいお店知っていたら教えてよ! 勿論俺達が奢るからさ!」
「いいえ、あの私は……」
「貴様達、何をしている」

 男の人達に囲まれて戸惑う私の耳に届いた旦那様の声は、普段よりも低くて何故か底冷えがした。男の人達は一瞬で青褪め、即座に旦那様に向き直って直立不動の姿勢になった。

「こ、これはキンバリー総司令官!」
「もうこちらに着いておられたのですね! お疲れ様です!」
「挨拶は良い。何をしていたんだと訊いている」

 先程馬車を降りた時にはそんな様子は無かったのに、今の旦那様は凄く機嫌が悪そうだ。あれから何かあったんだろうか?
 旦那様を前にして、すっかり硬直してしまった様子の男の人達に代わって、私は口を開いた。

「旦那様、こちらの方々は私を気遣ってくださって、待ち人がいるなら呼んで来ようかと声を掛けてくださっていたんです」
「そうか。俺の連れが世話になった」
「「そ、総司令官のお連れ様でしたか!?」」
「行くぞ、サラ」
「はい。あの、ご親切にどうもありがとうございました」

 男の人達に頭を下げ、旦那様の後ろに付いて行く。外はもう暗くなっていて、雪がちらついていた。
 旦那様があんなに不機嫌を露にするなんて珍しい。心配になって、何かあったのか訊いてみようか、でも私如きが訊いても良いのだろうか、と逡巡していると。

「やはりこちらの地は冷えるな。温かいシチューでも食べに行くか。サラ、イノシシとシカとクマ、どの肉にするか考えておけ」
「え? ええと……私は良く分からないので、旦那様のお勧めのものが食べたいです」
「そうか」

 旦那様の声色は既に普段と同じものになっていた。何だか良く分からなかったけれども、もしかしたらお腹が空いていらっしゃっただけなのかも知れない、と思い直して訊くのは止めておいた。
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