なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
14.お友達
「ジャンヌさんは、ジョーさんとはどうやって知り合われたのですか?」
心が軽くなった私が訊いてみると、ジャンヌさんは少し照れながらも教えてくれた。
「元々私とジョーは幼馴染だったのよ。あいつの方が一つ年下だから、昔は弟みたいな存在だったわ。私も子供の頃は結構お転婆だったから、あいつと一緒に一日中山の中を駆けずり回ったり、取っ組み合いの喧嘩をしたりして育ったの。私は風魔法が得意で、それを活かした職業に就きたかったから、国境警備軍に入隊したんだけど、翌年ジョーも入隊してきてね。あいつは火魔法と剣の腕を活かして、めきめきと頭角を現して、すぐに私は追い抜かされちゃって。凄く悔しかったんだけど、その時に子供の頃からずっと好きなんだって告白されて、何だかんだで絆されちゃって、付き合うようになったって訳」
「じゃあジョーさんはジャンヌさんを追い掛けて軍に入られたんですね。とても素敵です!」
「そ、そうかしら……」
顔を赤くしてはにかむジャンヌさんは、昼間の凛とした格好良さとは打って変わって、とても可愛らしく見えた。
「わ、私の事より、サラの方はどうなのよ? 好きな人とかいないの?」
「好きな人、ですか……。旦那様やキンバリー辺境伯家の方々はとても好きですけど……」
今まで生きるだけで精一杯だったから、そんな事を考える余裕なんてなかったな、と私が思っていると、目を丸くしていたジャンヌさんがおもむろに尋ねてきた。
「じゃあ、因みにセスの事はどう思っているの?」
「行く当てのない私を拾って雇ってくださって、尚且つ気を配って凄く良くしてくださる、とっても優しい命の恩人です!」
「そ……そう……」
即答した私に、何故かジャンヌさんは苦笑いしていた。
「そろそろ出ましょうか。もうセスも残業が終わった頃だと思うわ」
「あ、はい。分かりました」
ジャンヌさんに促されて更衣室に戻った私は、旦那様をお待たせしたくなくて、手早く身体を拭いて着替えた。髪を乾かしたかったけれども、用意されている温風が出る魔道具は、他のお客さん達に皆使われている最中だ。
(どうしよう。夏場なら兎も角、流石にこの寒さだと、ちゃんと乾かさないと風邪を引きそうだし……)
困っていると、身支度を整え終わったジャンヌさんが歩み寄って来た。
「流石にこの時間は混んでいるわね。サラ、髪は私が乾かしてあげるわ」
え、と思う間もなく、ジャンヌさんの両手が私の側頭部に添えられ、ふわっと温かい風を感じたかと思うと、髪はすっかり乾いていた。
「す、凄い……! ありがとうございます、ジャンヌさん!」
「ふふ、どう致しまして」
私の周りに魔法が使える人が少なかったという事もあるが、異母姉が風魔法で私を壁に叩き付ける事はあっても、私の為に魔法を使ってくれる人はいなかったので、とても嬉しかった。お礼に売店にあった温泉水を二本買って、一本をジャンヌさんに渡すと、気にしなくても良いのに、と言いながらも笑顔で受け取ってくれた。
二人でロビーの長椅子に腰掛け、温泉水を飲みながら旦那様を待つ。
「もうそろそろ来ると思うんだけど……あ、噂をすれば」
ジャンヌさんが旦那様を見付けて、すぐに私達は立ち上がった。
「お疲れ様です、旦那様」
「遅くなって悪かった。ジャンヌ、サラが世話になったな」
「いいえ、全然。私も楽しかったから、気にしなくて良いわよ。じゃ、お邪魔虫は消えるわね」
そう言って、私に片目を瞑って見せるジャンヌさん。
「サラ、温泉水ありがとうね」
「いいえ、こちらこそ髪を乾かしてくださってありがとうございました。本当に助かりました」
ジャンヌさんに頭を下げながら、もう少しお話ししたかったな、と少し寂しく思っていると。
「……ジャンヌ、お前も夕食はこれからだろう。一緒に食べるか?」
「は?」
旦那様の問い掛けに振り返ったジャンヌさんは、目を点にしていた。
「一緒に……って、私はお邪魔だと思うんだけど?」
「サラ、お前はどう思う?」
旦那様に訊かれて、私は勢い込んで答えた。
「お邪魔なんてとんでもないです! 私はもっとジャンヌさんと仲良くなりたいので、良かったら是非ご一緒したいです」
「だそうだ。俺も別に構わん。お前さえ良ければ、サラと仲良くしてやってくれ」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
ジャンヌさんは苦笑しながら答えていたが、夕食をご一緒できる事になって、私は嬉しくて目を輝かせた。
「で、もう場所やメニューは決まっているの? もし希望が通るなら、シカ肉のステーキと赤ワインが良いんだけど」
「まだだ。それも悪くないな。サラはどうだ?」
「私もシカ肉を食べてみたいです」
「そうか。なら決まりだな」
旦那様が連れて行ってくださったお店は、温泉街の中でも少し高級感が漂うレストランだった。ヴェルメリオ国では成人した十六歳からは飲酒が可能だ。お酒はケイさんが夕食時にいつも添えてくれるので、私も少しは慣れてきた気はするけれど、まだ善し悪しまでは分からない。でも、旦那様もジャンヌさんも満足げにしているので、きっと良いワインなのだと思いながら、ちびちびと舐めるように飲んだ。
「温泉の後の美味しい食事とお酒は最高ね。これで仕事が絡んでなきゃ、文句なんて無いんだけど。セス、ワインのお代わり頼んでも良いかしら?」
「構わんが、程々にしておけ。明日も働いてもらわないと困るからな」
「分かっているわよ。私がジョーみたいに二日酔いで出勤した事ある?」
「無い。その辺の分別を是非ともあいつにも叩き込んでやって欲しい所だ」
「それができれば苦労しないわよ」
お二人が揃って苦い顔をしていて、少しお酒が回っている事もあってか、私はクスクスと笑い出した。
「お話だけ聞いていると、ジョーさんって、何だかとても面白い人なんですね。私も一度お会いしてみたいです」
そう言った途端、何故か周囲の気温が少し下がったような肌寒さを感じた。
「その必要は無い」
何故か旦那様が怖い顔をしている。
「わ、私もあまりお勧めはできない……かな?」
ジャンヌさんも困ったような作り笑いを浮かべている。
(あれ? ジョーさんって、旦那様のお友達で、ジャンヌさんの旦那さんだよね? なのに何で?)
何故お二人が渋るのか分からず、私はお二人を見比べながら、目を瞬かせるのだった。
心が軽くなった私が訊いてみると、ジャンヌさんは少し照れながらも教えてくれた。
「元々私とジョーは幼馴染だったのよ。あいつの方が一つ年下だから、昔は弟みたいな存在だったわ。私も子供の頃は結構お転婆だったから、あいつと一緒に一日中山の中を駆けずり回ったり、取っ組み合いの喧嘩をしたりして育ったの。私は風魔法が得意で、それを活かした職業に就きたかったから、国境警備軍に入隊したんだけど、翌年ジョーも入隊してきてね。あいつは火魔法と剣の腕を活かして、めきめきと頭角を現して、すぐに私は追い抜かされちゃって。凄く悔しかったんだけど、その時に子供の頃からずっと好きなんだって告白されて、何だかんだで絆されちゃって、付き合うようになったって訳」
「じゃあジョーさんはジャンヌさんを追い掛けて軍に入られたんですね。とても素敵です!」
「そ、そうかしら……」
顔を赤くしてはにかむジャンヌさんは、昼間の凛とした格好良さとは打って変わって、とても可愛らしく見えた。
「わ、私の事より、サラの方はどうなのよ? 好きな人とかいないの?」
「好きな人、ですか……。旦那様やキンバリー辺境伯家の方々はとても好きですけど……」
今まで生きるだけで精一杯だったから、そんな事を考える余裕なんてなかったな、と私が思っていると、目を丸くしていたジャンヌさんがおもむろに尋ねてきた。
「じゃあ、因みにセスの事はどう思っているの?」
「行く当てのない私を拾って雇ってくださって、尚且つ気を配って凄く良くしてくださる、とっても優しい命の恩人です!」
「そ……そう……」
即答した私に、何故かジャンヌさんは苦笑いしていた。
「そろそろ出ましょうか。もうセスも残業が終わった頃だと思うわ」
「あ、はい。分かりました」
ジャンヌさんに促されて更衣室に戻った私は、旦那様をお待たせしたくなくて、手早く身体を拭いて着替えた。髪を乾かしたかったけれども、用意されている温風が出る魔道具は、他のお客さん達に皆使われている最中だ。
(どうしよう。夏場なら兎も角、流石にこの寒さだと、ちゃんと乾かさないと風邪を引きそうだし……)
困っていると、身支度を整え終わったジャンヌさんが歩み寄って来た。
「流石にこの時間は混んでいるわね。サラ、髪は私が乾かしてあげるわ」
え、と思う間もなく、ジャンヌさんの両手が私の側頭部に添えられ、ふわっと温かい風を感じたかと思うと、髪はすっかり乾いていた。
「す、凄い……! ありがとうございます、ジャンヌさん!」
「ふふ、どう致しまして」
私の周りに魔法が使える人が少なかったという事もあるが、異母姉が風魔法で私を壁に叩き付ける事はあっても、私の為に魔法を使ってくれる人はいなかったので、とても嬉しかった。お礼に売店にあった温泉水を二本買って、一本をジャンヌさんに渡すと、気にしなくても良いのに、と言いながらも笑顔で受け取ってくれた。
二人でロビーの長椅子に腰掛け、温泉水を飲みながら旦那様を待つ。
「もうそろそろ来ると思うんだけど……あ、噂をすれば」
ジャンヌさんが旦那様を見付けて、すぐに私達は立ち上がった。
「お疲れ様です、旦那様」
「遅くなって悪かった。ジャンヌ、サラが世話になったな」
「いいえ、全然。私も楽しかったから、気にしなくて良いわよ。じゃ、お邪魔虫は消えるわね」
そう言って、私に片目を瞑って見せるジャンヌさん。
「サラ、温泉水ありがとうね」
「いいえ、こちらこそ髪を乾かしてくださってありがとうございました。本当に助かりました」
ジャンヌさんに頭を下げながら、もう少しお話ししたかったな、と少し寂しく思っていると。
「……ジャンヌ、お前も夕食はこれからだろう。一緒に食べるか?」
「は?」
旦那様の問い掛けに振り返ったジャンヌさんは、目を点にしていた。
「一緒に……って、私はお邪魔だと思うんだけど?」
「サラ、お前はどう思う?」
旦那様に訊かれて、私は勢い込んで答えた。
「お邪魔なんてとんでもないです! 私はもっとジャンヌさんと仲良くなりたいので、良かったら是非ご一緒したいです」
「だそうだ。俺も別に構わん。お前さえ良ければ、サラと仲良くしてやってくれ」
「……じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
ジャンヌさんは苦笑しながら答えていたが、夕食をご一緒できる事になって、私は嬉しくて目を輝かせた。
「で、もう場所やメニューは決まっているの? もし希望が通るなら、シカ肉のステーキと赤ワインが良いんだけど」
「まだだ。それも悪くないな。サラはどうだ?」
「私もシカ肉を食べてみたいです」
「そうか。なら決まりだな」
旦那様が連れて行ってくださったお店は、温泉街の中でも少し高級感が漂うレストランだった。ヴェルメリオ国では成人した十六歳からは飲酒が可能だ。お酒はケイさんが夕食時にいつも添えてくれるので、私も少しは慣れてきた気はするけれど、まだ善し悪しまでは分からない。でも、旦那様もジャンヌさんも満足げにしているので、きっと良いワインなのだと思いながら、ちびちびと舐めるように飲んだ。
「温泉の後の美味しい食事とお酒は最高ね。これで仕事が絡んでなきゃ、文句なんて無いんだけど。セス、ワインのお代わり頼んでも良いかしら?」
「構わんが、程々にしておけ。明日も働いてもらわないと困るからな」
「分かっているわよ。私がジョーみたいに二日酔いで出勤した事ある?」
「無い。その辺の分別を是非ともあいつにも叩き込んでやって欲しい所だ」
「それができれば苦労しないわよ」
お二人が揃って苦い顔をしていて、少しお酒が回っている事もあってか、私はクスクスと笑い出した。
「お話だけ聞いていると、ジョーさんって、何だかとても面白い人なんですね。私も一度お会いしてみたいです」
そう言った途端、何故か周囲の気温が少し下がったような肌寒さを感じた。
「その必要は無い」
何故か旦那様が怖い顔をしている。
「わ、私もあまりお勧めはできない……かな?」
ジャンヌさんも困ったような作り笑いを浮かべている。
(あれ? ジョーさんって、旦那様のお友達で、ジャンヌさんの旦那さんだよね? なのに何で?)
何故お二人が渋るのか分からず、私はお二人を見比べながら、目を瞬かせるのだった。