なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

23.クリスマスプレゼント

 私が砦にお邪魔するようになって、一週間程が過ぎた。

「どうだ? ラシャド」
 包帯を外し、目を開けたラシャドさんに、旦那様が問い掛ける。

「昨日よりも、はっきり見えるようになりました。もう右目とほぼ変わらないくらいです」

 喜色に満ちたラシャドさんの顔の左側にあった怪我の痕は、大分薄くなり、目立たなくなっている。真冬になると古傷の痛みで夜中に目を覚ます事もあったそうだが、今は痛みも無くなり、朝まで良く眠れるのだそうだ。

「これもサラさんのお蔭です。本当にありがとうございます」
 深々と頭を下げるラシャドさん。

「いいえ。お礼を仰るのなら、私よりも旦那様にお願い致します。この実験は旦那様の発案なのですから」

 そう、ラシャドさんの目を治す事ができたのは、旦那様のお蔭に他ならない。私が気休めだとしか思っていなかったこのおまじないに、もしかしたら本当に効力があるかも知れないと気付いたのは旦那様だ。
 それに、私が実験を継続できたのも、旦那様のお蔭だ。お医者様にも匙を投げられていたラシャドさんの目が、私のおまじないで少し見えるようになって、動揺してしまった私に気付き、私の気持ちを慮ってくださった事が本当に嬉しかった。だからこそ私は、母から教わったこのおまじないの事を、もっと知って使いこなせるようになりたいと思えたのだ。旦那様がいらっしゃらなかったら、私は何故、どうして、という思いを引き摺ったままで、こんなに前向きな気持ちで実験を続けていられなかったに違いない。

「本当に良かったですね、ラシャド隊長。一番のクリスマスプレゼントなんじゃないですか?」

 微笑みながらラシャドさんに声を掛けたのは、包帯を取っている時に、旦那様に決裁書類を持って来たジャンヌさんだ。ラシャドさんの目が気になるらしく、そのまま部屋に残って見守ってくれていた。

「ああ。妻と結婚し、子供が生まれた時と同じくらい嬉しいプレゼントだ」
 ラシャドさんが喜色満面の笑みで答える。

 ジャンヌさんの言う通り、丁度明日はクリスマスだ。旦那様の実験のお蔭で、おまじないの効力が明らかになった今、私にとっても嬉しいクリスマスプレゼントのように思えた。

「サラ、ラシャドの他にも、お前の力を必要としている者は大勢いる。これからも協力してはくれないか?」
「勿論です、旦那様!」
 私が即答した時、俄かに部屋の外が騒がしくなった。

「セス! サラちゃんが来ているって聞いたぞ! 何で俺に会わせてくれねえんだよ!」
 ノックの音がするや否や即座に扉が開けられ、山吹色の髪に栗色の目の男の人が入って来た。

「ジョー! いきなり入って来るなんて失礼でしょ!!」
「何だよジャンヌ。ノックならちゃんとしたじゃねえか」
「入室の許可は出していない。下がれ」
「何だよセス! 俺だけ除け者にするなよな!」

 一気に騒がしくなった室内に唖然としていると、私と男の人の目が合った。

「お、君がサラちゃんだな! セスとジャンヌから話を聞いて、是非会いたいなーって思っていたんだ! 俺はジョーだ。宜しくな!」
 握手を求めて差し出してきたジョーさんの頭に、ジャンヌさんが容赦無く拳骨を落とした。

「いってえ!! 何するんだよ!!」
 頭を押さえて抗議するジョーさんの耳を摘まんで、ジャンヌさんが大声で怒鳴る。

「あんたねえ!! いきなり入って来て何なのよその態度! 失礼極まりないって何度言えば分かるの!? いい加減にしなさい!!」
「わ、分かった! 俺が悪かったから耳元で叫ぶな! ってか離してくれ痛いって!!」

 ジャンヌさんはそのままジョーさんの耳を引っ張りながら部屋から出て行ってしまった。一体何だったんだろう。
 取り敢えず、以前旦那様とジャンヌさんがジョーさんを私に会わせたがらなかった理由は分かったような気がした。

「サラ。今のは見なかった事にしろ」
「畏まりました、旦那様」
 疲れたように溜息をつく旦那様に即答する。

「申し訳ありません、総司令官。以前の私の教育が甘かったようです」
 ラシャドさんが旦那様に頭を下げた。

「いや、あれは誰が指導してもどうしようもなかっただろう。それよりもラシャド、左目の視力を取り戻した今、お前がジョーに後れを取る事はあるまい。年明けの昇格試合は期待している」
「はい。必ずや副司令官の地位に返り咲いて見せましょう」
 口角を上げるラシャドさんの声色には、自信が満ち溢れていた。

 総司令官室を出て帰ろうとした私は、ジャンヌさんに呼び止められた。

「サラ、さっきは本当にごめんなさいね。ほら、あんたも謝る!」
 ジャンヌさんに首根っこを掴まれていたジョーさんの頭には、大きなたんこぶができていた。

「さっきは悪かったな。サラちゃんが砦に来ているって聞いて、何度も会わせろってセスに言っていたのに、一向に紹介してくれねえもんだから、つい頭に血が上っちまって……」
 すっかり肩を落としているジョーさん。

「こんな旦那だけど、これからは夫婦共々仲良くしてもらえないかしら?」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします」
「ありがとう、サラ!」
「恩に着るぜ、サラちゃん!」

 私が笑顔で答えると、お二人共ほっとしたように表情を明るくした。ジョーさんは少し礼儀に欠けるみたいだけど、悪い人ではなさそうだ。

 ジャンヌさん達に見送られながら、私はお屋敷に帰り、お掃除と夕食の支度を手伝った。クリスマスイブの今日は、ケイさんが腕によりをかけてご馳走を作ってくださるそうで、今からとても楽しみだ。

 日が沈み、帰って来られた旦那様がお呼びだと聞いて、私は準備していた物を制服のポケットに入れて、旦那様のお部屋を訪れた。

「失礼致します、旦那様。お呼びだと伺いました」
「ああ。お前にこれを渡そうと思ってな」

 旦那様が差し出したのは、綺麗にラッピングされた小箱だった。思わず目を丸くして、小箱と旦那様を見比べる。

「……私に、ですか?」
「そうだ。最近はお前の働きにとても助けられているからな。丁度クリスマスだから、その礼にと思って用意した。……気に入るか分からんが」

 何時になく緊張した様子で視線を逸らす旦那様。頬がうっすらと赤く染まっているように見えるのは、寒い外から帰られた直後だからだろうか。震える手で、旦那様から小箱を受け取る。

「ありがとうございます……!! とても嬉しいです! 開けてみても構いませんか?」
「ああ」

 小箱の中には、とても綺麗な髪飾りが入っていた。雪の結晶を模した銀細工が三つ並んでいて、それぞれの中心には、海の色に良く似た青い透明な石が煌めいている。

「こ……こんな高そうな物、本当に私が頂いてしまっても良いのでしょうか……?」
「ああ。気に入らなかったのでなければ、受け取ってくれると助かる」

 高そうな髪飾りに尻込みしつつも、旦那様のお気持ちが凄く嬉しかった。

「ありがとうございます! 一生大切にして、家宝にします!」
「いや、家宝にはしなくて良い。気に入ったのなら使ってくれ」
「とっても気に入りましたけど、使うのが何だか勿体無いです」
「使え」
 思いがけずとても素敵なプレゼントを頂いてしまって、私はすっかり舞い上がってしまった。

「あ……あの、旦那様、お礼になるかどうか分かりませんけれど……」

 ポケットに入れていた、旦那様へのクリスマスプレゼントを取り出して、旦那様にお渡しする。包み紙の中身はキンバリー辺境伯家の家紋であるハヤブサを刺繍したハンカチだ。
 髪飾りの足元にも及ばないけれど、心だけは込めて一生懸命刺繍した。旦那様が気に入ってくださると良いのだけれど……。

「俺の為に用意してくれたのか……? 礼を言う」
 顔を綻ばせて旦那様が受け取ってくださり、私は嬉しくて満面の笑みを浮かべた。

 その後、旦那様に促され、私達は夕食の席に向かった。ケイさんのお料理もとても美味しかったけれども、それ以上に旦那様からの贈り物がとても嬉しくて、私は夕食後寝るまでの間、髪飾りを片時も離さず、色々な角度から眺めてはその美しさに見惚れていたのだった。
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