なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
25.国境警備軍での仕事
年が明け、私は正式に国境警備軍に雇用された。
お屋敷の仕事の方は、旦那様とリアンさん達が色々と話し合った結果、私の代わりにベンさんの婚約者のアガタさんと言う方を新たに雇う事になったそうだ。私は知り合ってまだ日は浅いけれど、穏やかで優しげな大人びた女性で、とても感じの良い人だ。ベンさんともとても仲が良さそうで、休憩時間に少し照れながらお二人で楽しそうに話している所を見掛けると、何だか私もつられて微笑んでしまう。ハンナさんも仕事熱心なアガタさんの事を、とても可愛がっておられるようだ。私もお二人の結婚式を、密かに楽しみにしている。
「では、行って参ります」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
まだ少し緊張が抜けきっていない様子のアガタさんと皆さんに見送られながら、私は旦那様と共に砦に初出勤する。
「サラちゃん、国境警備軍へようこそ!!」
砦に足を踏み入れるなり、歓迎してくださったジョーさんの頭を、ジャンヌさんが勢い良く引っ叩いた。
「あんたねえ! お貴族のお嬢様をちゃん付けで呼んだら失礼でしょうが!」
「いいえ、気にしないでください、ジャンヌさん。それに、もし良かったら、今まで通り接していただけると有り難いです」
私が慌てて取り成すと、ジャンヌさんは困ったように微笑んだ。
「そう言ってもらえると助かるけれども……、本当に良いの? 私も知らなかったとは言え、今まで失礼だったんじゃないかって思っているんだけど……」
「はい。お伝えしていなかった私にも非はありますし。それに、私は元々平民として過ごして来たので、令嬢だなんて自覚は全く有りませんから」
「そう? ……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ、サラ」
「そうしていただけると嬉しいです!」
私の身分を明かす事で、ジャンヌさん達を混乱させてしまったみたいで申し訳なかったけれども、今まで通り受け入れてもらえたみたいで、私は嬉しかった。
「じゃあ、これからも宜しくな、サラちゃん!」
「待て。ジャンヌは兎も角、貴様がサラを馴れ馴れしく呼ぶなど言語道断だ」
満面の笑みを見せたジョーさんと私の間に、何故か旦那様が割って入り、ジョーさんを睨み付けた。
「あ? 何だよセス! 俺だってサラちゃんと友達なんだから、親しくする権利くらいあるっつーの!」
「サラは俺の婚約者候補だとも言った筈だ。最低限の礼儀は弁えてもらおう」
「はあー!? 随分と心の狭い男だな? その婚約者候補様を今まで使用人扱いしていたのは、何処のどいつだっつーの! 手の平返しも良い所だろうが!」
ジョーさんの言葉を聞いていられなくなって、私は旦那様の前に飛び出した。
「私が旦那様に使用人として雇っていただけないかと無理にお願いしたんです! お恥ずかしい話ですが、何も持たずに着の身着のままでこちらに来ましたもので……! 寧ろ旦那様は私を助けてくださったんです! 悪いのは私なのですから、旦那様の悪口を言うのは止めてください!」
「わ、分かった、ごめんよサラちゃん……」
興奮した私は少し涙目になってしまったが、ジョーさんは慌てた様子ですぐに謝ってくださった。
「申し訳ありません旦那様、私のせいで……」
「いや、お前は悪くない。悪いのは全て無礼で無神経で無能なこの男だ」
「随分扱き下ろしてくれるじゃねえかセス」
「俺が何か間違った事を言っているとでも?」
旦那様とジョーさんの間に、火花が散っているように見える。この事態、一体どう収拾すれば良いのだろう?
私が困惑し始めた時、ジョーさんの頭に拳骨が落とされた。ゴン! と、とっても良い音がした。
「セスの言う通りよ、ジョー。貴族令嬢が使用人として雇われている時点で、何か訳有りなんだなって分かるでしょ? そんな事も考えずに口に出すなんて、本当にデリカシーの無い男ね」
「うぐぐ……。サラちゃん、ごめん。俺またやらかしちまったみたいで……」
「いいえ、私は大丈夫ですから、気にしないでください」
すっかり肩を落としてしまったジョーさんは、相当痛かったのか両手で頭を押さえながら、ジャンヌさんに引き摺られて行った。流石はジャンヌさんである。
「サラ、邪魔が入ったが、早速仕事に移るぞ」
「はい、旦那様」
私は旦那様の後に付いて、救護室に案内された。
今後の方針としては、怪我人が出た場合、まず救護班の人が手当てをした後、その半数に私がおまじないを施し、怪我の治り具合を比較するらしい。また、魔獣から傷を受けて退職せざるを得なくなった元兵士の方々に、旦那様が声を掛けている所なので、呼び掛けに応じて砦を訪れた人々にも、おまじないを施して経過を観察するとの事だ。
私のおまじないが、効いてくれると良いのだけれど。
私が説明を受けている間にも、一人、また一人と怪我をされた兵士の方が訪れて来た。
「初日からすまないね。年明けは恒例の昇格試験があるから、どうしても怪我人が多くなるんだよ」
救護班班長のテッドさんと言う年配の男性が、怪我人の手当てをしながら教えてくれた。
年に一度の昇格試験は、まず一般兵から行われるらしい。実技で手合わせもあるので、皆必死になって挑むあまり、どうしても怪我が多くなってしまうのだとか。
因みに後日行われる隊長クラスの実技試験は、勉強の為にと内部の人間なら見学も可能なのだそうだ。勿論、今日雇用されたばかりの私も。それを聞いてしまうと、ジャンヌさん達がどれくらいお強いのか、気になってきてしまった。
「最終日にはキンバリー総司令官も実技を担当されるから、時間を合わせて見に行くと良いよ」
「本当ですか!? 是非見てみたいです!」
旦那様がお強い事はハンナさん達から聞いてはいるけれど、僭越ながら応援に行きたい。そしてあわよくば、旦那様の勇姿を拝見したい。
だけど、まずは目の前の兵士の方の為にと、気を取り直した私は集中して紙に模様を描き始めた。
お屋敷の仕事の方は、旦那様とリアンさん達が色々と話し合った結果、私の代わりにベンさんの婚約者のアガタさんと言う方を新たに雇う事になったそうだ。私は知り合ってまだ日は浅いけれど、穏やかで優しげな大人びた女性で、とても感じの良い人だ。ベンさんともとても仲が良さそうで、休憩時間に少し照れながらお二人で楽しそうに話している所を見掛けると、何だか私もつられて微笑んでしまう。ハンナさんも仕事熱心なアガタさんの事を、とても可愛がっておられるようだ。私もお二人の結婚式を、密かに楽しみにしている。
「では、行って参ります」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
まだ少し緊張が抜けきっていない様子のアガタさんと皆さんに見送られながら、私は旦那様と共に砦に初出勤する。
「サラちゃん、国境警備軍へようこそ!!」
砦に足を踏み入れるなり、歓迎してくださったジョーさんの頭を、ジャンヌさんが勢い良く引っ叩いた。
「あんたねえ! お貴族のお嬢様をちゃん付けで呼んだら失礼でしょうが!」
「いいえ、気にしないでください、ジャンヌさん。それに、もし良かったら、今まで通り接していただけると有り難いです」
私が慌てて取り成すと、ジャンヌさんは困ったように微笑んだ。
「そう言ってもらえると助かるけれども……、本当に良いの? 私も知らなかったとは言え、今まで失礼だったんじゃないかって思っているんだけど……」
「はい。お伝えしていなかった私にも非はありますし。それに、私は元々平民として過ごして来たので、令嬢だなんて自覚は全く有りませんから」
「そう? ……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ、サラ」
「そうしていただけると嬉しいです!」
私の身分を明かす事で、ジャンヌさん達を混乱させてしまったみたいで申し訳なかったけれども、今まで通り受け入れてもらえたみたいで、私は嬉しかった。
「じゃあ、これからも宜しくな、サラちゃん!」
「待て。ジャンヌは兎も角、貴様がサラを馴れ馴れしく呼ぶなど言語道断だ」
満面の笑みを見せたジョーさんと私の間に、何故か旦那様が割って入り、ジョーさんを睨み付けた。
「あ? 何だよセス! 俺だってサラちゃんと友達なんだから、親しくする権利くらいあるっつーの!」
「サラは俺の婚約者候補だとも言った筈だ。最低限の礼儀は弁えてもらおう」
「はあー!? 随分と心の狭い男だな? その婚約者候補様を今まで使用人扱いしていたのは、何処のどいつだっつーの! 手の平返しも良い所だろうが!」
ジョーさんの言葉を聞いていられなくなって、私は旦那様の前に飛び出した。
「私が旦那様に使用人として雇っていただけないかと無理にお願いしたんです! お恥ずかしい話ですが、何も持たずに着の身着のままでこちらに来ましたもので……! 寧ろ旦那様は私を助けてくださったんです! 悪いのは私なのですから、旦那様の悪口を言うのは止めてください!」
「わ、分かった、ごめんよサラちゃん……」
興奮した私は少し涙目になってしまったが、ジョーさんは慌てた様子ですぐに謝ってくださった。
「申し訳ありません旦那様、私のせいで……」
「いや、お前は悪くない。悪いのは全て無礼で無神経で無能なこの男だ」
「随分扱き下ろしてくれるじゃねえかセス」
「俺が何か間違った事を言っているとでも?」
旦那様とジョーさんの間に、火花が散っているように見える。この事態、一体どう収拾すれば良いのだろう?
私が困惑し始めた時、ジョーさんの頭に拳骨が落とされた。ゴン! と、とっても良い音がした。
「セスの言う通りよ、ジョー。貴族令嬢が使用人として雇われている時点で、何か訳有りなんだなって分かるでしょ? そんな事も考えずに口に出すなんて、本当にデリカシーの無い男ね」
「うぐぐ……。サラちゃん、ごめん。俺またやらかしちまったみたいで……」
「いいえ、私は大丈夫ですから、気にしないでください」
すっかり肩を落としてしまったジョーさんは、相当痛かったのか両手で頭を押さえながら、ジャンヌさんに引き摺られて行った。流石はジャンヌさんである。
「サラ、邪魔が入ったが、早速仕事に移るぞ」
「はい、旦那様」
私は旦那様の後に付いて、救護室に案内された。
今後の方針としては、怪我人が出た場合、まず救護班の人が手当てをした後、その半数に私がおまじないを施し、怪我の治り具合を比較するらしい。また、魔獣から傷を受けて退職せざるを得なくなった元兵士の方々に、旦那様が声を掛けている所なので、呼び掛けに応じて砦を訪れた人々にも、おまじないを施して経過を観察するとの事だ。
私のおまじないが、効いてくれると良いのだけれど。
私が説明を受けている間にも、一人、また一人と怪我をされた兵士の方が訪れて来た。
「初日からすまないね。年明けは恒例の昇格試験があるから、どうしても怪我人が多くなるんだよ」
救護班班長のテッドさんと言う年配の男性が、怪我人の手当てをしながら教えてくれた。
年に一度の昇格試験は、まず一般兵から行われるらしい。実技で手合わせもあるので、皆必死になって挑むあまり、どうしても怪我が多くなってしまうのだとか。
因みに後日行われる隊長クラスの実技試験は、勉強の為にと内部の人間なら見学も可能なのだそうだ。勿論、今日雇用されたばかりの私も。それを聞いてしまうと、ジャンヌさん達がどれくらいお強いのか、気になってきてしまった。
「最終日にはキンバリー総司令官も実技を担当されるから、時間を合わせて見に行くと良いよ」
「本当ですか!? 是非見てみたいです!」
旦那様がお強い事はハンナさん達から聞いてはいるけれど、僭越ながら応援に行きたい。そしてあわよくば、旦那様の勇姿を拝見したい。
だけど、まずは目の前の兵士の方の為にと、気を取り直した私は集中して紙に模様を描き始めた。