なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
27.おまじないの実体
昇格試験も終わり、救護室を訪れる怪我人の数は目に見えて少なくなった。訪れる人がいても軽症なので、今は主に旦那様の呼び掛けに応じて砦を訪れ始めた元兵士の方々の治療を行っている。
「具合は如何ですか?」
「ずっとジクジク痛んでいたんですけど、お蔭様で痛みが無くなりましたよ! このおまじない、凄く良く効くんですね!」
どうやらラシャドさんの時と同様、魔獣から受けた古傷には、唯一このおまじないが効果的なようだ。
近場に住んでいる方々は砦に通いやすいけれども、遠方に住んでいる方々は砦に来るのも一苦労だ。なので、おまじないを施した紙の作り置きをしておいて、自分で取り替えてもらっても同様の効果が得られるのか、試してみる事になった。幸い、今の所は患者さんの人数も少ないので、空いた時間全てを使って模様を描けるのだが、十枚を超えてくると次第に疲れを感じ始める。
(ふう……これで十七枚か。流石に疲れたな……。でもまだ時間もあるし、もう少しだけ……)
集中力を使い過ぎたのか、何だか身体が酷く怠く感じる。
「サラさん、大丈夫かい? あまり顔色が良くないな。少し休んだらどうだ?」
「ありがとうございます。でも、後少しだけ……」
何とか気力でもう一枚模様を描き終え、額に付けて祈りを捧げた所までは覚えている。
気が付くと、私は救護室のベッドに寝かされていた。
「サラさん、気が付いたかい!?」
「あれ……テッドさん……?」
起き上がろうとした途端、くらりと目眩がした。
「無理をしては駄目だ。まだ寝ていなさい。頭は打っていないようだが、椅子ごと倒れたんだからな」
(え? 私倒れたんだっけ……?)
テッドさんに言われるままに安静にしていると、俄かに廊下の方が騒がしくなり始めた。
「サラ! 倒れたと聞いたが、大丈夫なのか!?」
何時になく焦った様子で、旦那様が慌ただしく入って来られた。後ろには、ジャンヌさん達の姿もある。
「旦那様……ご心配をお掛けしてしまったみたいで……」
謝ろうと身じろぎした私を、旦那様が制止する。
「無理に身体を起こすな、寝ていろ。テッド、サラは大事無いのだろうな!?」
「おそらくは。症状が魔力切れのものと酷似しておりますので、十分に休養を取れば回復されるものと思われます」
「魔力切れだと……!? では、サラのおまじないは魔法の一種だったという事か?」
「それは分かりませんが、その可能性は高いかと」
テッドさんのお話に、私を含めた全員が唖然としていた。
(魔力……? 私に魔力なんてあったの?)
ヴェルメリオ国では一般的な火魔法や水魔法と言った魔法は、私は全然使えなかったので、てっきり私には魔力が無いのだと思っていた。フォスター伯爵家で虐げられていた時に、自分に魔法が使えたらと何度思った事か。それなのに、今更そんな事を言われても、と私は戸惑う。
「じゃあ、サラがおまじないをする時、模様を描いた紙に魔力を込めていた事になるのかしら……? 魔石に魔力を込めるのは良く聞くけど、紙に込めるなんて聞いた事無いわね」
「ああ。俺も聞いた事ないぜ」
「総司令官、あれが魔法の一種だと言うのなら、相当珍しいものなのでは?」
ジャンヌさんもジョーさんもラシャドさんも、この魔法については全く知らないようだ。
「ああ。おまじないが魔法の一種かも知れんと言うのなら、王都にある魔法研究所に相談すれば、何か分かる可能性もあるが……、全てはサラが回復してからだ。サラ、今日はゆっくりと休め。それから二度と無理はするな」
「はい。ご心配をお掛けしてしまって、申し訳ありません」
私はそのまま救護室で休ませてもらった。一眠りして、少し動けるようになった頃、旦那様が再び救護室を訪れた。既に窓の外は真っ暗だ。
「サラ、具合はどうだ? もしまだ動けそうにないなら、ここに泊っても構わん」
「いいえ、少し動けるようになりましたので、お屋敷に帰りたいと思います」
「そうか」
ゆっくりと身を起こそうとする私に、旦那様は手を貸してくださった上に、外套まで羽織らせてくださった。
「ありがとうございます、旦那様……キャアッ!?」
私が立ち上がろうとした所で、軽々と旦那様に抱き上げられてしまった。
「だ、旦那様! 下ろしてください! 私歩けます!」
「無理をするな。ふらついて転んで怪我でもしたらどうする」
「で、ですが、旦那様にご迷惑をお掛けする訳には……!」
「迷惑では無い。良いから大人しくしておけ」
私は真っ赤になってあたふたしながらも、結局旦那様に馬車まで運ばれてしまった。
「旦那様、お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした……」
「構わん。だが、これに懲りたら今後は決して無理をするな。おそらくお前が作れるおまじないの紙の枚数には、お前の魔力量という限界がある。魔力が尽きて倒れてしまわないよう、疲れを感じ始めたらすぐに切り上げておけ。魔力が減れば減る程、回復にも時間が掛かるのだからな」
「はい、分かりました……」
私は居た堪れなくて、耳まで赤くして俯いたまま、旦那様のお顔を見られなかった。
そして、お屋敷に帰り着いた時も、旦那様に抱き上げられて部屋まで運ばれてしまった。更に旦那様はベッドで夕食が摂れるようハンナさん達に指示をされたり、着替えや入浴の介助までするよう言及されたりした上に、明日は大事を取って休む羽目になってしまった。
フォスター伯爵家に居た頃は、貧血で倒れ慣れていた私は、ちょっと倒れてしまっただけなのに、何だかどんどん大事になってしまっているようで、非常に恥ずかしくて申し訳なかった。旦那様は過保護ではないかと思わずにはいられなかったが、皆さんに迷惑をお掛けしない為にも、今後は絶対に無理はしないと心に刻んだのだった。
「具合は如何ですか?」
「ずっとジクジク痛んでいたんですけど、お蔭様で痛みが無くなりましたよ! このおまじない、凄く良く効くんですね!」
どうやらラシャドさんの時と同様、魔獣から受けた古傷には、唯一このおまじないが効果的なようだ。
近場に住んでいる方々は砦に通いやすいけれども、遠方に住んでいる方々は砦に来るのも一苦労だ。なので、おまじないを施した紙の作り置きをしておいて、自分で取り替えてもらっても同様の効果が得られるのか、試してみる事になった。幸い、今の所は患者さんの人数も少ないので、空いた時間全てを使って模様を描けるのだが、十枚を超えてくると次第に疲れを感じ始める。
(ふう……これで十七枚か。流石に疲れたな……。でもまだ時間もあるし、もう少しだけ……)
集中力を使い過ぎたのか、何だか身体が酷く怠く感じる。
「サラさん、大丈夫かい? あまり顔色が良くないな。少し休んだらどうだ?」
「ありがとうございます。でも、後少しだけ……」
何とか気力でもう一枚模様を描き終え、額に付けて祈りを捧げた所までは覚えている。
気が付くと、私は救護室のベッドに寝かされていた。
「サラさん、気が付いたかい!?」
「あれ……テッドさん……?」
起き上がろうとした途端、くらりと目眩がした。
「無理をしては駄目だ。まだ寝ていなさい。頭は打っていないようだが、椅子ごと倒れたんだからな」
(え? 私倒れたんだっけ……?)
テッドさんに言われるままに安静にしていると、俄かに廊下の方が騒がしくなり始めた。
「サラ! 倒れたと聞いたが、大丈夫なのか!?」
何時になく焦った様子で、旦那様が慌ただしく入って来られた。後ろには、ジャンヌさん達の姿もある。
「旦那様……ご心配をお掛けしてしまったみたいで……」
謝ろうと身じろぎした私を、旦那様が制止する。
「無理に身体を起こすな、寝ていろ。テッド、サラは大事無いのだろうな!?」
「おそらくは。症状が魔力切れのものと酷似しておりますので、十分に休養を取れば回復されるものと思われます」
「魔力切れだと……!? では、サラのおまじないは魔法の一種だったという事か?」
「それは分かりませんが、その可能性は高いかと」
テッドさんのお話に、私を含めた全員が唖然としていた。
(魔力……? 私に魔力なんてあったの?)
ヴェルメリオ国では一般的な火魔法や水魔法と言った魔法は、私は全然使えなかったので、てっきり私には魔力が無いのだと思っていた。フォスター伯爵家で虐げられていた時に、自分に魔法が使えたらと何度思った事か。それなのに、今更そんな事を言われても、と私は戸惑う。
「じゃあ、サラがおまじないをする時、模様を描いた紙に魔力を込めていた事になるのかしら……? 魔石に魔力を込めるのは良く聞くけど、紙に込めるなんて聞いた事無いわね」
「ああ。俺も聞いた事ないぜ」
「総司令官、あれが魔法の一種だと言うのなら、相当珍しいものなのでは?」
ジャンヌさんもジョーさんもラシャドさんも、この魔法については全く知らないようだ。
「ああ。おまじないが魔法の一種かも知れんと言うのなら、王都にある魔法研究所に相談すれば、何か分かる可能性もあるが……、全てはサラが回復してからだ。サラ、今日はゆっくりと休め。それから二度と無理はするな」
「はい。ご心配をお掛けしてしまって、申し訳ありません」
私はそのまま救護室で休ませてもらった。一眠りして、少し動けるようになった頃、旦那様が再び救護室を訪れた。既に窓の外は真っ暗だ。
「サラ、具合はどうだ? もしまだ動けそうにないなら、ここに泊っても構わん」
「いいえ、少し動けるようになりましたので、お屋敷に帰りたいと思います」
「そうか」
ゆっくりと身を起こそうとする私に、旦那様は手を貸してくださった上に、外套まで羽織らせてくださった。
「ありがとうございます、旦那様……キャアッ!?」
私が立ち上がろうとした所で、軽々と旦那様に抱き上げられてしまった。
「だ、旦那様! 下ろしてください! 私歩けます!」
「無理をするな。ふらついて転んで怪我でもしたらどうする」
「で、ですが、旦那様にご迷惑をお掛けする訳には……!」
「迷惑では無い。良いから大人しくしておけ」
私は真っ赤になってあたふたしながらも、結局旦那様に馬車まで運ばれてしまった。
「旦那様、お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした……」
「構わん。だが、これに懲りたら今後は決して無理をするな。おそらくお前が作れるおまじないの紙の枚数には、お前の魔力量という限界がある。魔力が尽きて倒れてしまわないよう、疲れを感じ始めたらすぐに切り上げておけ。魔力が減れば減る程、回復にも時間が掛かるのだからな」
「はい、分かりました……」
私は居た堪れなくて、耳まで赤くして俯いたまま、旦那様のお顔を見られなかった。
そして、お屋敷に帰り着いた時も、旦那様に抱き上げられて部屋まで運ばれてしまった。更に旦那様はベッドで夕食が摂れるようハンナさん達に指示をされたり、着替えや入浴の介助までするよう言及されたりした上に、明日は大事を取って休む羽目になってしまった。
フォスター伯爵家に居た頃は、貧血で倒れ慣れていた私は、ちょっと倒れてしまっただけなのに、何だかどんどん大事になってしまっているようで、非常に恥ずかしくて申し訳なかった。旦那様は過保護ではないかと思わずにはいられなかったが、皆さんに迷惑をお掛けしない為にも、今後は絶対に無理はしないと心に刻んだのだった。