なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
28.種々の思惑
「おはようございます、旦那様」
翌朝、サラはいつも通りの時間に起きてきた。思ったよりも元気そうで何よりだ。
「体調はどうだ?」
「お蔭様でもう大丈夫です。少し怠さは残っていますが、今からでも出勤して働けるくらいで……」
「何を言っている。まだ顔色が悪い。今日一日は休んでいろ」
サラは放っておくと疲れていても無理をする。それは昨日、嫌と言う程思い知ったばかりだ。サラが倒れたと言う知らせを受け、俺がどれ程心配し、俺が実験に付き合わせたせいではと思い悩んだか、全く分かっていないらしい。
魔力切れで倒れてしまったのならば、一晩休んだ程度では魔力は完全には回復しない筈だ。せいぜい五割、良くて七、八割と言った所か。そんな状態で再びおまじないの為に魔力を使えば、また同じ事が起こりかねない。
「ですが、少しくらいなら……」
「駄目だ。完璧に仕事をする為にも、万全に体調を整えるのが、今のお前の仕事だ」
渋るサラを諭して、今日一日はゆっくりさせるよう、ハンナにも言い含めておく。
余計なお節介だろうが、サラはもっと肉を付けるべきだと思う。ここに来たばかりの時と比べると、骨と皮ばかりだった身体は、昨日は多少ましになっていたとは言え、まだまだ細くて軽かった。あんな華奢な身体では、何時かまた倒れてしまうのではないかと気が気でなくなってくる。出勤前に、もっと栄養価のある食事をサラに出すようケイに伝えろと、リアンに指示を出しておいた。
砦に出勤した俺は、質問攻めに遭った。
「おいセス! サラちゃんは大丈夫なのか?」
「ねえセス、帰りにサラのお見舞いに行っても良い?」
「総司令官、サラさんはまだお身体の調子が優れないのでしょうか?」
「あのっ、キンバリー総司令官! サラさんのお身体の具合は……?」
ジャンヌ達は兎も角、兵士達までもが、俺と顔を合わせれば口々にサラの容体を尋ねてくる。改めて、サラの人望の厚さを身を持って知る羽目になり、サラの身分を明かして牽制しておいて正解だったと実感した。そうでなければ、サラに言い寄る脳筋共が次から次へと湧き出ていたに違いない。まだ本調子ではないが明日には出勤できるだろう、という回答を、今日一日だけで何十回繰り返したか分からないのだから。
帰宅した俺は、今日のサラの様子をハンナに尋ねた。手持ち無沙汰のあまり、一、二枚ならと、おまじないの紙の作り置きを始めかねないサラを、アガタが話し相手を務める事で見張ってくれていたらしい。
正直、若い女性は懲り懲りだったので、アガタを雇う事には抵抗があった。だがサラの例もあるし、ベンの婚約者という事もあるので、リアン達の勧めに俺が折れる形になったのだ。とは言え、どうやら彼女を雇ったのは正解だったらしい。彼女はベンに一途なようで、今の所俺に余計な色目を使ってくる気配等は全く無いし、年が近い同性という事もあってか、今日一日でサラとも大分親しくなっていたと、ハンナも嬉しそうに語っていた。サラを屋敷の使用人としてではなく、軍で雇用する事になり、流石にサラの世話をするメイドが必要になるかと思っていたので、彼女はうってつけの人材だったようだ。
……過去の出来事で女性にはもううんざりだったが、過剰に偏見と苦手意識を持ってしまっていたのかも知れない、と俺は少しばかり反省した。
「サラさんが、先日の試合での旦那様がとても格好良かったと、アガタに熱心に話しておられました。良かったですね、旦那様」
ハンナに含み笑いで言われ、俺は先日、目を輝かせて昇格試合の感想を言いに来たサラを思い出した。
面と向かって、凄かっただの、格好良かっただのと、サラはやたらと褒めちぎっていた。だが、やる気に満ちたジョーの相手は割と面倒なので、近年の昇格試験では、奴を即座に氷漬けにしているだけなのだが、そこまで言われる程の事だろうか。
……まあ、サラに尊敬の眼差しで見られて、悪い気はしなかったが。
夕食の席で見たサラは、顔色もすっかり良くなっており、ケイが用意した分厚いステーキを残さず完食していた。この様子なら、明日は出勤させても問題ないだろう、と一安心する。だが念の為、無理をしないかきちんと見張っておくよう、テッドに念押しをしておかねばなるまい。
「旦那様、少しお話があるのですが……」
夕食後、耳打ちして来たリアンを、俺は執務室に招き入れ、話を聞く事にした。
「以前ご依頼いただきました、サラさんのお母様の件ですが、フォスター伯爵家でメイドとして勤めていた時に、先代の子を妊娠、辞職して出産後、大衆食堂でウエイトレスとして働き、その後流行り病で死亡していた所までは裏が取れました。ですが、それ以前の足取りが全く掴めなかったそうです」
「全く、だと?」
「はい」
リアンの報告に、俺は眉を顰めた。
普通はどの貴族の家でも、雇おうとする人間の事は多少なりとも調べるものだ。それなのに、メイドとして勤める以前の経歴が全く出てこないと言うのは不自然だ。やはりサラの母君は、只者ではないらしい。
「ふむ……。もしかしたら、フォスター伯爵家に雇われるのを機に、偽名を使ったり身分を偽ったりして正体を隠そうとしたのかも知れんな。使用人の雇用時に決裁権を持つ者の身辺を中心に調べさせた方が早いかも知れん。勿論、前フォスター伯爵も含めてな」
「畏まりました。それと、継続していたフォスター伯爵家の調査なのですが……」
リアンから詳細な報告を耳にして不敵な笑みを浮かべた俺は、リアンにとある指示を出した。ついでに、今日持って帰って来た、サラが作り置きしていたおまじないの一枚を取り出し、リアンに預ける。
「それを王都の魔法研究所に届けて、調べてもらえ。もし本当に魔法の一種であるならば、あそこなら何か分かるだろう」
「畏まりました」
正直に言うと、個人的には気が進まなかったが、キンバリー辺境伯として、国境警備軍総司令官としては、当然の措置だ。厄介な事態にならない事を祈りつつ、そうなってしまった場合に備えて、俺はその対策を考え始めた。
翌朝、サラはいつも通りの時間に起きてきた。思ったよりも元気そうで何よりだ。
「体調はどうだ?」
「お蔭様でもう大丈夫です。少し怠さは残っていますが、今からでも出勤して働けるくらいで……」
「何を言っている。まだ顔色が悪い。今日一日は休んでいろ」
サラは放っておくと疲れていても無理をする。それは昨日、嫌と言う程思い知ったばかりだ。サラが倒れたと言う知らせを受け、俺がどれ程心配し、俺が実験に付き合わせたせいではと思い悩んだか、全く分かっていないらしい。
魔力切れで倒れてしまったのならば、一晩休んだ程度では魔力は完全には回復しない筈だ。せいぜい五割、良くて七、八割と言った所か。そんな状態で再びおまじないの為に魔力を使えば、また同じ事が起こりかねない。
「ですが、少しくらいなら……」
「駄目だ。完璧に仕事をする為にも、万全に体調を整えるのが、今のお前の仕事だ」
渋るサラを諭して、今日一日はゆっくりさせるよう、ハンナにも言い含めておく。
余計なお節介だろうが、サラはもっと肉を付けるべきだと思う。ここに来たばかりの時と比べると、骨と皮ばかりだった身体は、昨日は多少ましになっていたとは言え、まだまだ細くて軽かった。あんな華奢な身体では、何時かまた倒れてしまうのではないかと気が気でなくなってくる。出勤前に、もっと栄養価のある食事をサラに出すようケイに伝えろと、リアンに指示を出しておいた。
砦に出勤した俺は、質問攻めに遭った。
「おいセス! サラちゃんは大丈夫なのか?」
「ねえセス、帰りにサラのお見舞いに行っても良い?」
「総司令官、サラさんはまだお身体の調子が優れないのでしょうか?」
「あのっ、キンバリー総司令官! サラさんのお身体の具合は……?」
ジャンヌ達は兎も角、兵士達までもが、俺と顔を合わせれば口々にサラの容体を尋ねてくる。改めて、サラの人望の厚さを身を持って知る羽目になり、サラの身分を明かして牽制しておいて正解だったと実感した。そうでなければ、サラに言い寄る脳筋共が次から次へと湧き出ていたに違いない。まだ本調子ではないが明日には出勤できるだろう、という回答を、今日一日だけで何十回繰り返したか分からないのだから。
帰宅した俺は、今日のサラの様子をハンナに尋ねた。手持ち無沙汰のあまり、一、二枚ならと、おまじないの紙の作り置きを始めかねないサラを、アガタが話し相手を務める事で見張ってくれていたらしい。
正直、若い女性は懲り懲りだったので、アガタを雇う事には抵抗があった。だがサラの例もあるし、ベンの婚約者という事もあるので、リアン達の勧めに俺が折れる形になったのだ。とは言え、どうやら彼女を雇ったのは正解だったらしい。彼女はベンに一途なようで、今の所俺に余計な色目を使ってくる気配等は全く無いし、年が近い同性という事もあってか、今日一日でサラとも大分親しくなっていたと、ハンナも嬉しそうに語っていた。サラを屋敷の使用人としてではなく、軍で雇用する事になり、流石にサラの世話をするメイドが必要になるかと思っていたので、彼女はうってつけの人材だったようだ。
……過去の出来事で女性にはもううんざりだったが、過剰に偏見と苦手意識を持ってしまっていたのかも知れない、と俺は少しばかり反省した。
「サラさんが、先日の試合での旦那様がとても格好良かったと、アガタに熱心に話しておられました。良かったですね、旦那様」
ハンナに含み笑いで言われ、俺は先日、目を輝かせて昇格試合の感想を言いに来たサラを思い出した。
面と向かって、凄かっただの、格好良かっただのと、サラはやたらと褒めちぎっていた。だが、やる気に満ちたジョーの相手は割と面倒なので、近年の昇格試験では、奴を即座に氷漬けにしているだけなのだが、そこまで言われる程の事だろうか。
……まあ、サラに尊敬の眼差しで見られて、悪い気はしなかったが。
夕食の席で見たサラは、顔色もすっかり良くなっており、ケイが用意した分厚いステーキを残さず完食していた。この様子なら、明日は出勤させても問題ないだろう、と一安心する。だが念の為、無理をしないかきちんと見張っておくよう、テッドに念押しをしておかねばなるまい。
「旦那様、少しお話があるのですが……」
夕食後、耳打ちして来たリアンを、俺は執務室に招き入れ、話を聞く事にした。
「以前ご依頼いただきました、サラさんのお母様の件ですが、フォスター伯爵家でメイドとして勤めていた時に、先代の子を妊娠、辞職して出産後、大衆食堂でウエイトレスとして働き、その後流行り病で死亡していた所までは裏が取れました。ですが、それ以前の足取りが全く掴めなかったそうです」
「全く、だと?」
「はい」
リアンの報告に、俺は眉を顰めた。
普通はどの貴族の家でも、雇おうとする人間の事は多少なりとも調べるものだ。それなのに、メイドとして勤める以前の経歴が全く出てこないと言うのは不自然だ。やはりサラの母君は、只者ではないらしい。
「ふむ……。もしかしたら、フォスター伯爵家に雇われるのを機に、偽名を使ったり身分を偽ったりして正体を隠そうとしたのかも知れんな。使用人の雇用時に決裁権を持つ者の身辺を中心に調べさせた方が早いかも知れん。勿論、前フォスター伯爵も含めてな」
「畏まりました。それと、継続していたフォスター伯爵家の調査なのですが……」
リアンから詳細な報告を耳にして不敵な笑みを浮かべた俺は、リアンにとある指示を出した。ついでに、今日持って帰って来た、サラが作り置きしていたおまじないの一枚を取り出し、リアンに預ける。
「それを王都の魔法研究所に届けて、調べてもらえ。もし本当に魔法の一種であるならば、あそこなら何か分かるだろう」
「畏まりました」
正直に言うと、個人的には気が進まなかったが、キンバリー辺境伯として、国境警備軍総司令官としては、当然の措置だ。厄介な事態にならない事を祈りつつ、そうなってしまった場合に備えて、俺はその対策を考え始めた。