なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

29.春先の事件

 一日休ませていただいた翌日、すっかり回復した私が出勤すると、皆さんから口々に心配されてしまった。

「サラ、もう大丈夫なの?」
「はい、お蔭様で。ご心配をお掛けしてしまって、申し訳ありませんでした」
「安心したぜ。急に倒れたって聞いたもんだからよ」
「お元気そうで何よりです」
 ジャンヌさん、ジョーさん、ラシャドさんを始めとして。

「サラさん、あまり無理はしないでください。倒れられた時は、肝が冷えるかと思いました」
「本当に申し訳ありませんでした。今後はちゃんと気を付けます」
 折角休憩を勧めてくださっていたのに、無下にしてしまったテッドさんに平謝りし。

「あっ、サラさん! もう大丈夫なんですか?」
「倒れたって聞いて、心配していたんですよ」
「はい、もう大丈夫です。ご心配をお掛けしてしまってすみませんでした」
 顔を合わせた兵士の皆さん全員に心配されてしまって、もう恥ずかしくて居た堪れなかった。

(無理は駄目、絶対……)
 私は改めて、ちゃんと体調と相談しながら仕事をしようと心に刻むのだった。

 ***

 雪が解け、春になる頃には、私のおまじないについても色々と分かってきた。
 治癒のおまじないは、怪我に有効で、特に魔獣から受けた傷には、これ以上ない効果を発揮した。古傷であっても時間をかけて治療すれば、以前と全く同じとまではいかなくても、それに近い状態まで回復する事が可能だった。効果は作り置きのものでも差は殆ど無かったが、風邪等の病気には全く効果を発揮しなかった。お母さんの流行り病に全く効かなかったのはこのせいか、と納得した私は、何だか胸のつかえが取れてスッキリしたような心持ちになったのだった。
 使い勝手が良い治癒のおまじないの検証を優先していたが、最近は魔除けのおまじないの効果も検証し始めている。どうやら魔除けのおまじないには、魔獣を遠ざける効果があるようだ。なので取り急ぎ、魔獣の出没が多い場所や地域に常備できないか、作り置きを始めている。
 とは言え、また魔力切れで倒れてしまう訳にはいかないので、一日に作るおまじないの紙は最大で十枚まで、と旦那様に約束させられている。もう少し増やしたい所ではあるが、十枚以上になってくると、私が翌日まで疲れを引き摺ってしまうので仕方がない。

 そんなある日、事件は起こった。

「サラ、お前に相談したい事がある」

 砦から帰宅し、夕食を頂いた後、珍しくやけにげんなりした表情の旦那様に呼ばれて、私は旦那様の執務室にお邪魔した。

「従兄殿から俺に夜会の招待状が来た。ご丁寧に、婚約者殿も必ず連れて来るようにとのお達しだ」
 私は目をぱちくりさせた。

(旦那様のご婚約者様……いらっしゃったんだ。お見掛けした事は無いけれど……)

 何だか急に胸が重くなったように感じながらも、何故私にそんなお話をされるのだろう、と不思議に思っていると、何故か旦那様に睨まれた。

「お前の事だ、サラ」
 私は再び目を瞬かせた。

「……え、ええ!? 私が旦那様の婚約者なんですか!?」
「お前は最初そのつもりでここに来ていただろうが」
 旦那様に指摘されて、そう言えばそうだった、と思い出す。

「ですが、確かこの縁談は、旦那様の方からお断りのお手紙を出されたと仰っておられたのでは?」
 そう私が尋ねたら、旦那様は苦い顔をされた。

「確かに手紙は出したが、その後もお前がずっと屋敷に滞在している事で、従兄殿は俺が相手の顔も見ずに早々に出した手紙など無意味だと判断しているようだ。俺が未だに滞在を許している初めての令嬢を、直々にその目で確認したいらしい」
 旦那様のお言葉に、私はサアーッと血の気が引いていった。

「も、申し訳ございません!! 私が旦那様に甘えて住まわせていただいているばっかりに、大恩ある旦那様にとんだご迷惑をお掛けしてしまい……!! 今すぐに荷物を纏めて、明日にでもこのお屋敷を出て行きます!!」
「待て! そんな話をしているのではない!」
 慌てて頭が床につく程深々と下げて謝罪すると、旦那様が無理矢理私の頭を上げさせた。

「お前に相談と言うのは、俺の婚約者として夜会に出席して欲しいという事だ。従兄殿から正式に招待されてしまった以上、断るのも難しい。それに、流石に婚約者が居ると分かれば、俺に近付いて来る鬱陶し……面倒……ゴホン、結婚相手を探しているご令嬢方の数も減るだろう。……お前さえ嫌でなければ、俺の婚約者として、一緒に出席して欲しい」
「は、はあ……」
 取り敢えず、私は今すぐにお屋敷を出なくても良いようだ。

「……ですが、旦那様は私でよろしいのですか? 旦那様の婚約者としてお隣に立つ女性であれば、ジャンヌさんのような美人でないと、とても務まらないのでは……?」
 私が恐る恐る尋ねると、旦那様はきっぱりと仰った。

「俺はお前が良い。サラ以外の女などお断りだ」

 一夜限りの婚約者役の事を言っているのだと頭では分かっていても、この台詞には一瞬、胸がときめいてしまった。

「畏まりました。では、当日は旦那様の婚約者役を、精一杯務めさせていただきます」
「……ああ、頼む」

 私がそう答えると、旦那様は何故か目を丸くされた後、何だか微妙な表情を浮かべられていた。疑問に思いつつ、私は何か変な事を言ってしまったのだろうかと首を捻ったものの、すぐに夜会がお嫌なのだろうな、という事に思い至って、一人で納得したのだった。
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