なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
3.一人の限界
(……あ、れ……?)
瞼を開けた私は、見慣れない白くて綺麗な天井に目を丸くした。いつもの屋根裏部屋とは全然違う。
視線を彷徨わせると、分厚いカーテンが掛かった大きな窓がある広い部屋に、シンプルだが高そうなテーブルや椅子等の調度品が置かれていて、やけに大きくてふかふかのベッドに身を横たえている事に気付く。
(……ここ、何処だろ……)
目を白黒させながら、私は記憶を辿った。
確か、風邪を引きながらもキンバリー辺境伯家に到着して、客間に通されたけど、帰って来た辺境伯にすぐに追い出されて……いや、追い出される直前で倒れたのかな? 兎に角そこからの記憶が無い。
そう言えば、私は風邪を引いていた筈だったのに、熱も下がっているし身体も軽くなっている。額に湿った布が置かれているから、誰かが看病してくれたのだろうか? 服も着替えさせてくれたのか、着回したせいで生地が薄くなった古着のドレスが、肌触りの良い高そうなネグリジェに変わっている。サイズは全然合っていなくてブカブカだけど。
(痛いって事は、これは夢じゃないよね……? 天国でもないよね?)
頬っぺたを引っ張りながら、狐につままれた気分でベッドの中で瞬きを繰り返していると、部屋の扉がノックされた。
「お目覚めになられましたか?」
私が起きている事に気付き、ほっとした様子で微笑んできた年配の女性には見覚えがあった。確か、キンバリー辺境伯家の客間で私に熱い紅茶を差し出してくれたメイドの人だ。
という事は、ここはまだキンバリー辺境伯家なのだろう。
「はい。ご迷惑をお掛けしてしまったみたいで、大変申し訳ありません……」
「お気になさらないでください。熱が下がったみたいで、何よりです」
メイドの人は手際良く私の額に置かれていた布を取り、熱が下がった事を確かめると、ベッドの脇に置かれていた水差しの水をコップに注いで渡してくれた。どうやら私は丸一日半は寝ていたらしい。
「何かお召し上がりになれるようでしたら、スープ等をお持ちしますが」
「あ……、お願いしても良いでしょうか?」
「畏まりました」
倒れてご迷惑をお掛けしてしまい、看病もしていただいているのに、これ以上お世話になるのは気が引けたが、病み上がりで空腹のままここを出てもきっとまた倒れてしまうだけだ。厚かましい事は百も承知で、私はお言葉に甘えさせてもらった。
「どうぞ、食べられる物だけでもお召し上がりください」
暫くして、カートに乗せられて運ばれてきた料理に、私は生唾を飲み込んだ。とろとろになるまで煮込まれたお肉や野菜等具沢山のスープに、ふわふわで柔らかいパン、食べやすいよう一口大に切られたフルーツまで添えてある。
「こんなご馳走、久し振り……!」
思わず呟いてしまった私は、添えられたスプーンを手に取って、まずスープを口に運んだ。野菜の甘味やお肉の旨味が溶け込んでいてとても美味しい。具材もどれもじっくりと煮込まれていて凄く柔らかいし、何よりもまだ湯気が立っている程温かいのが嬉しかった。ここ数年はずっと冷え切った食べ物しか口にしていなかったから。
パンも硬くなっておらず、ふわふわで柔らかくて温かい。病み上がりのせいかあまり食欲が無かった事も忘れて、つい二個目のパンに手が伸びる。
美味しい。こんなにまともで温かい食事は、本当に久し振りだ。有り難くて涙が出てくる。
結局私は、パンを一個だけ残して後は綺麗に平らげてしまった。
「ご馳走様でした。ありがとうございました」
「いいえ。どうぞまだお大事になさってください。私はハンナと申します。何かありましたらお呼びください」
ハンナさんが退室した後、私は再びベッドに横たわった。とは言え、丸一日半も寝ていたのだし、すっかり目も冴えてしまっている。こうなると寝ているだけというのもしんどいのだ。
(……これからどうしよう……)
これからの事が思い遣られて、私は溜息をついた。幸いにも、キンバリー辺境伯は病人を追い出す程非情な方ではなかったが、流石に回復すればここを出て行かざるを得なくなるのは目に見えている。
(……いっその事、図々しいけれど辺境伯やこの家の人達に泣き付いてみようか)
そんな考えが頭をもたげた。
私一人の力ではもう限界だ。このままでは遅かれ早かれ、きっとまた倒れてしまうだろう。今回は偶々看病していただけたが、次はそのまま死んでしまうかも知れないのだ。それに今回だって、もし辺境伯家の方々が血も涙もなかったならば、今頃私はこうして生きてはいないと思うとゾッとする。
フォスター伯爵家ではあの三人に虐げられ、使用人達も皆見て見ぬ振り、下手をすれば便乗して仕事を押し付けてきたり見下してきたりするような人達ばかりだったから、誰も頼れなかったけれども、キンバリー辺境伯家の方々は違う。辺境伯のお人柄はまだよく分からないけれども、少なくとも家令の人やハンナさんはとても優しい。そんな人達に更なる迷惑を掛けてしまうのは心苦しいけれども、何とか頼み込んで、仕事を紹介してもらえないだろうか。
……きっと、私が生きる道は、それしかない。
腹を括った私は、今は仕事で出掛けていると言うキンバリー辺境伯の帰りを待つ事にした。
瞼を開けた私は、見慣れない白くて綺麗な天井に目を丸くした。いつもの屋根裏部屋とは全然違う。
視線を彷徨わせると、分厚いカーテンが掛かった大きな窓がある広い部屋に、シンプルだが高そうなテーブルや椅子等の調度品が置かれていて、やけに大きくてふかふかのベッドに身を横たえている事に気付く。
(……ここ、何処だろ……)
目を白黒させながら、私は記憶を辿った。
確か、風邪を引きながらもキンバリー辺境伯家に到着して、客間に通されたけど、帰って来た辺境伯にすぐに追い出されて……いや、追い出される直前で倒れたのかな? 兎に角そこからの記憶が無い。
そう言えば、私は風邪を引いていた筈だったのに、熱も下がっているし身体も軽くなっている。額に湿った布が置かれているから、誰かが看病してくれたのだろうか? 服も着替えさせてくれたのか、着回したせいで生地が薄くなった古着のドレスが、肌触りの良い高そうなネグリジェに変わっている。サイズは全然合っていなくてブカブカだけど。
(痛いって事は、これは夢じゃないよね……? 天国でもないよね?)
頬っぺたを引っ張りながら、狐につままれた気分でベッドの中で瞬きを繰り返していると、部屋の扉がノックされた。
「お目覚めになられましたか?」
私が起きている事に気付き、ほっとした様子で微笑んできた年配の女性には見覚えがあった。確か、キンバリー辺境伯家の客間で私に熱い紅茶を差し出してくれたメイドの人だ。
という事は、ここはまだキンバリー辺境伯家なのだろう。
「はい。ご迷惑をお掛けしてしまったみたいで、大変申し訳ありません……」
「お気になさらないでください。熱が下がったみたいで、何よりです」
メイドの人は手際良く私の額に置かれていた布を取り、熱が下がった事を確かめると、ベッドの脇に置かれていた水差しの水をコップに注いで渡してくれた。どうやら私は丸一日半は寝ていたらしい。
「何かお召し上がりになれるようでしたら、スープ等をお持ちしますが」
「あ……、お願いしても良いでしょうか?」
「畏まりました」
倒れてご迷惑をお掛けしてしまい、看病もしていただいているのに、これ以上お世話になるのは気が引けたが、病み上がりで空腹のままここを出てもきっとまた倒れてしまうだけだ。厚かましい事は百も承知で、私はお言葉に甘えさせてもらった。
「どうぞ、食べられる物だけでもお召し上がりください」
暫くして、カートに乗せられて運ばれてきた料理に、私は生唾を飲み込んだ。とろとろになるまで煮込まれたお肉や野菜等具沢山のスープに、ふわふわで柔らかいパン、食べやすいよう一口大に切られたフルーツまで添えてある。
「こんなご馳走、久し振り……!」
思わず呟いてしまった私は、添えられたスプーンを手に取って、まずスープを口に運んだ。野菜の甘味やお肉の旨味が溶け込んでいてとても美味しい。具材もどれもじっくりと煮込まれていて凄く柔らかいし、何よりもまだ湯気が立っている程温かいのが嬉しかった。ここ数年はずっと冷え切った食べ物しか口にしていなかったから。
パンも硬くなっておらず、ふわふわで柔らかくて温かい。病み上がりのせいかあまり食欲が無かった事も忘れて、つい二個目のパンに手が伸びる。
美味しい。こんなにまともで温かい食事は、本当に久し振りだ。有り難くて涙が出てくる。
結局私は、パンを一個だけ残して後は綺麗に平らげてしまった。
「ご馳走様でした。ありがとうございました」
「いいえ。どうぞまだお大事になさってください。私はハンナと申します。何かありましたらお呼びください」
ハンナさんが退室した後、私は再びベッドに横たわった。とは言え、丸一日半も寝ていたのだし、すっかり目も冴えてしまっている。こうなると寝ているだけというのもしんどいのだ。
(……これからどうしよう……)
これからの事が思い遣られて、私は溜息をついた。幸いにも、キンバリー辺境伯は病人を追い出す程非情な方ではなかったが、流石に回復すればここを出て行かざるを得なくなるのは目に見えている。
(……いっその事、図々しいけれど辺境伯やこの家の人達に泣き付いてみようか)
そんな考えが頭をもたげた。
私一人の力ではもう限界だ。このままでは遅かれ早かれ、きっとまた倒れてしまうだろう。今回は偶々看病していただけたが、次はそのまま死んでしまうかも知れないのだ。それに今回だって、もし辺境伯家の方々が血も涙もなかったならば、今頃私はこうして生きてはいないと思うとゾッとする。
フォスター伯爵家ではあの三人に虐げられ、使用人達も皆見て見ぬ振り、下手をすれば便乗して仕事を押し付けてきたり見下してきたりするような人達ばかりだったから、誰も頼れなかったけれども、キンバリー辺境伯家の方々は違う。辺境伯のお人柄はまだよく分からないけれども、少なくとも家令の人やハンナさんはとても優しい。そんな人達に更なる迷惑を掛けてしまうのは心苦しいけれども、何とか頼み込んで、仕事を紹介してもらえないだろうか。
……きっと、私が生きる道は、それしかない。
腹を括った私は、今は仕事で出掛けていると言うキンバリー辺境伯の帰りを待つ事にした。