なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
３２．初めての夜会
遂に、夜会当日になってしまった。
この日はほぼ一日中、アンナさんとアガタさんに手伝ってもらって、頭の天辺から足の爪先まで磨き上げてもらったり、マッサージをしてもらったり香油を塗ってもらったり、コルセットを締められてドレスを着せられてお化粧をしてもらって髪を編んでもらって……と支度に忙しかった。長時間を費やして漸く支度が終わった頃には、既にぐったりと疲労してしまった程である。
「とってもお綺麗ですよ、サラ様！」
お二人に褒められた私は、疲労で苦笑いを浮かべながら鏡の中の自分を見る。
デビュタント用の真っ白なドレスは、裾がふわりと広がっていて、小柄で細身の私の体型でも似合っているように見える。髪型はサイドの髪を編み込みながらハーフアップにしてもらっていて、私の要望通り以前セス様に頂いた髪飾りを使ってもらっている。微笑みを浮かべると、確かに可愛らしいお姫様……に見えなくもない、かも知れない。少なくとも、今まで生きてきた人生の中で、一番綺麗な私がそこに居た。
「ありがとうございます、アンナさん、アガタさん」
照れながらお二人にお礼を言う。
お二人に太鼓判を押されて部屋を出た私は、既に支度を終えられていたセス様が待つ執務室に向かった。イアンさんによると、空き時間で少しでも王都での仕事を片付けておきたいと仰っていたそうだ。お忙しいみたいで、少し心配になってしまう。
「失礼致します」
部屋に入ると、セス様が私を見て立ち上がり、その姿に私は目を奪われた。
お仕事の時の軍服姿も、お休みの日の軽装のお姿もどれも素敵だけれど、今日の正装に身を包んだセス様は、一段と格好良い。黒いフロックコートには、銀糸で刺繍が施されていて、背が高く体格も良いセス様の魅力をより一層引き立てている。白のクラヴァットに使われているピンは、私の髪飾りと同じデザインの銀細工で、中央の石の色も同じだ。セス様の目の色ととても良く合っている。
「……良く似合っている。綺麗だ、サラ」
「セ、セス様こそ……」
微笑みを浮かべたセス様に褒められてしまい、すっかり見惚れてしまった私は、顔を赤らめながら返事をした。そしてすぐに、我に返って青褪めた。
（こんなに素敵な方の婚約者役が私なの？ え、無理）
アンナさんとアガタさんのお蔭で、私史上最高に綺麗になれたと言っても、セス様と比べると月とすっぽんも良い所だ。私は内心で、セス様の婚約者役を引き受けた事を後悔してしまっていた。今更どうしようもないから、もうやるしかないのだけれど。
「サラ、これを着けろ」
セス様が差し出してきたのは、髪飾りと同じデザインのネックレスとイヤリングだった。どちらもとても素敵な品だけど、明らかに高そうで、私は思わず尻込みしてしまう。
「こ……こんな高そうな物を、私が着けてしまっても本当に良いのでしょうか？」
「当然だ。お前の為に用意した物なのだからな。……気に入らなかったか？」
「いいえ、そんな事はありません！ ……凄く素敵で、とても嬉しいです」
私の為に用意してくださったセス様のお気持ちがとても嬉しくて、有り難く着けさせていただいた。一夜限りだとしても私なんかがセス様の婚約者役だなんて、烏滸がましいにも程があるけど、少しでもセス様と並んで見劣りしていなかったら良いな、と切実に願う。
セス様にエスコートしていただき、馬車で王都の中心に聳え立つ王宮に向かった。初めて足を踏み入れる王宮は、何処を見ても感嘆の溜息しか出てこない。
煌びやかなシャンデリア、高そうな絨毯が敷かれた広い会場、大勢の着飾った紳士淑女の方々、洗練された動きの給仕の方々、沢山の豪華な食事、途切れる事のない美しい演奏。私には別世界で、まるで夢を見ているようにしか思えなかった。
会場に入ってからの私は、緊張で身を固くしながらも暫くの間辺りを見回していたが、やがて周囲の人々の声が耳に入ってきた。
「まあ、ご覧になって！ キンバリー辺境伯が珍しく女性をお連れになっていらっしゃるわ」
「ほ、本当ですね……。彼は女嫌いだと聞いていましたが……」
「まさか、ご婚約者様を連れて来られるという噂は、本当だったのでしょうか？」
「あのご令嬢はどなたですの？」
（み、見られている……！）
私達に次第に視線が集まり始めたのは気のせいじゃないだろう。ますます身体が強張ってしまい、私は思わずエスコートしてくださっているセス様に添えた手に力を込めた。
「サラ、どうした？」
「あ、すみません。少し緊張してしまって……」
足を止め、私を見下ろしたセス様は、恐縮する私に微笑んでくださった。
「案ずるな。たとえ何かあっても俺が付いている。お前は大船に乗った気でいろ」
「は、はい」
セス様のお蔭で、私は少し肩の力を抜く事ができた。
「ま、まあっ、キンバリー辺境伯が笑われましたわよ！？」
「いつも無表情で、冷酷だという噂さえある辺境伯も、あんな顔をされるのだな……」
「あら、そんな噂、本当かどうか怪しいものですわよ。何でもキンバリー辺境伯に振られたご令嬢が流した噂だと聞きましたわ」
「お二人共仲が良さそうですな。半信半疑ではありましたが、ご婚約されたというお話は本当だったようだ」
何だか周囲がざわめき始めて、私が再び緊張し始めた時、国王陛下がご入場されて私達から視線が逸れた。私はほっと胸を撫で下ろす。
（……こんな事で私、本当に婚約者役を演じ切れるのかな……？ 不安しかない……）
この日はほぼ一日中、アンナさんとアガタさんに手伝ってもらって、頭の天辺から足の爪先まで磨き上げてもらったり、マッサージをしてもらったり香油を塗ってもらったり、コルセットを締められてドレスを着せられてお化粧をしてもらって髪を編んでもらって……と支度に忙しかった。長時間を費やして漸く支度が終わった頃には、既にぐったりと疲労してしまった程である。
「とってもお綺麗ですよ、サラ様！」
お二人に褒められた私は、疲労で苦笑いを浮かべながら鏡の中の自分を見る。
デビュタント用の真っ白なドレスは、裾がふわりと広がっていて、小柄で細身の私の体型でも似合っているように見える。髪型はサイドの髪を編み込みながらハーフアップにしてもらっていて、私の要望通り以前セス様に頂いた髪飾りを使ってもらっている。微笑みを浮かべると、確かに可愛らしいお姫様……に見えなくもない、かも知れない。少なくとも、今まで生きてきた人生の中で、一番綺麗な私がそこに居た。
「ありがとうございます、アンナさん、アガタさん」
照れながらお二人にお礼を言う。
お二人に太鼓判を押されて部屋を出た私は、既に支度を終えられていたセス様が待つ執務室に向かった。イアンさんによると、空き時間で少しでも王都での仕事を片付けておきたいと仰っていたそうだ。お忙しいみたいで、少し心配になってしまう。
「失礼致します」
部屋に入ると、セス様が私を見て立ち上がり、その姿に私は目を奪われた。
お仕事の時の軍服姿も、お休みの日の軽装のお姿もどれも素敵だけれど、今日の正装に身を包んだセス様は、一段と格好良い。黒いフロックコートには、銀糸で刺繍が施されていて、背が高く体格も良いセス様の魅力をより一層引き立てている。白のクラヴァットに使われているピンは、私の髪飾りと同じデザインの銀細工で、中央の石の色も同じだ。セス様の目の色ととても良く合っている。
「……良く似合っている。綺麗だ、サラ」
「セ、セス様こそ……」
微笑みを浮かべたセス様に褒められてしまい、すっかり見惚れてしまった私は、顔を赤らめながら返事をした。そしてすぐに、我に返って青褪めた。
（こんなに素敵な方の婚約者役が私なの？ え、無理）
アンナさんとアガタさんのお蔭で、私史上最高に綺麗になれたと言っても、セス様と比べると月とすっぽんも良い所だ。私は内心で、セス様の婚約者役を引き受けた事を後悔してしまっていた。今更どうしようもないから、もうやるしかないのだけれど。
「サラ、これを着けろ」
セス様が差し出してきたのは、髪飾りと同じデザインのネックレスとイヤリングだった。どちらもとても素敵な品だけど、明らかに高そうで、私は思わず尻込みしてしまう。
「こ……こんな高そうな物を、私が着けてしまっても本当に良いのでしょうか？」
「当然だ。お前の為に用意した物なのだからな。……気に入らなかったか？」
「いいえ、そんな事はありません！ ……凄く素敵で、とても嬉しいです」
私の為に用意してくださったセス様のお気持ちがとても嬉しくて、有り難く着けさせていただいた。一夜限りだとしても私なんかがセス様の婚約者役だなんて、烏滸がましいにも程があるけど、少しでもセス様と並んで見劣りしていなかったら良いな、と切実に願う。
セス様にエスコートしていただき、馬車で王都の中心に聳え立つ王宮に向かった。初めて足を踏み入れる王宮は、何処を見ても感嘆の溜息しか出てこない。
煌びやかなシャンデリア、高そうな絨毯が敷かれた広い会場、大勢の着飾った紳士淑女の方々、洗練された動きの給仕の方々、沢山の豪華な食事、途切れる事のない美しい演奏。私には別世界で、まるで夢を見ているようにしか思えなかった。
会場に入ってからの私は、緊張で身を固くしながらも暫くの間辺りを見回していたが、やがて周囲の人々の声が耳に入ってきた。
「まあ、ご覧になって！ キンバリー辺境伯が珍しく女性をお連れになっていらっしゃるわ」
「ほ、本当ですね……。彼は女嫌いだと聞いていましたが……」
「まさか、ご婚約者様を連れて来られるという噂は、本当だったのでしょうか？」
「あのご令嬢はどなたですの？」
（み、見られている……！）
私達に次第に視線が集まり始めたのは気のせいじゃないだろう。ますます身体が強張ってしまい、私は思わずエスコートしてくださっているセス様に添えた手に力を込めた。
「サラ、どうした？」
「あ、すみません。少し緊張してしまって……」
足を止め、私を見下ろしたセス様は、恐縮する私に微笑んでくださった。
「案ずるな。たとえ何かあっても俺が付いている。お前は大船に乗った気でいろ」
「は、はい」
セス様のお蔭で、私は少し肩の力を抜く事ができた。
「ま、まあっ、キンバリー辺境伯が笑われましたわよ！？」
「いつも無表情で、冷酷だという噂さえある辺境伯も、あんな顔をされるのだな……」
「あら、そんな噂、本当かどうか怪しいものですわよ。何でもキンバリー辺境伯に振られたご令嬢が流した噂だと聞きましたわ」
「お二人共仲が良さそうですな。半信半疑ではありましたが、ご婚約されたというお話は本当だったようだ」
何だか周囲がざわめき始めて、私が再び緊張し始めた時、国王陛下がご入場されて私達から視線が逸れた。私はほっと胸を撫で下ろす。
（……こんな事で私、本当に婚約者役を演じ切れるのかな……？ 不安しかない……）
