なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
34.嫉妬
曲が終わり、私は密かに胸を撫で下ろす。
国王陛下へのご挨拶が終わってほっとしたからか、セス様と踊ったダンスはとても楽しかった。練習の甲斐あってか、ステップも間違えずにきちんと最後まで踊り切る事ができた。セス様が終始優しく微笑んでくださっていたお蔭で、私はまるで王子様と踊るお姫様のような気分まで味わえたのだった。
だけどその余韻に浸る間もなく、軽く息を整えながら顔を上げた時には、沢山の人々が私達を取り囲んでいた。
「キンバリー辺境伯、お久し振りですな。失礼ですが、そちらのご令嬢とはどのようなご関係ですかな?」
美しく着飾ったご令嬢を連れた中年の紳士が、セス様に話し掛ける。
「彼女は俺の婚約者ですが、それが何か」
私の肩を抱き寄せながらきっぱりと口にしたセス様に、周囲がどよめいた。
「う、嘘ですわよね!? キンバリー辺境伯が、本当にご婚約だなんて……!!」
「そ、そんな……!! キンバリー辺境伯の氷のようなお心を溶かして差し上げられるのは、私だけだと思っておりましたのに……!!」
「嫌ですわ! 憧れの殿方がご婚約だなんて、信じたくありません……!!」
一部のご令嬢方は、青褪めて涙目になっている。やはりセス様は、かなり人気がお有りになるのだなと実感すると同時に、何だか胸の奥にもやもやとする不快感を感じた。
「そ、そうでしたか。それはおめでとうございます……」
笑顔を引き攣らせている中年の紳士に、セス様は貼り付けた微笑みを向ける。
「ありがとうございます。失礼ですが、ご用件がそれだけならもう宜しいでしょうか。少々喉が渇きましたもので」
私を連れたセス様が足を踏み出すと、人だかりが左右に割れて見る見るうちに道ができていく。休憩スペースに辿り着くと、セス様は大きく息を吐いた。
「ここまで来れば大丈夫だろう。全く、鬱陶しい連中だ」
「セ、セス様……。良かったのですか? 滅多に来ない王都で、それも夜会に出席しているのですから、多少の社交は必要なのでは……?」
「必要ない。あわよくば娘を売り込もうとする下心見え見えの連中に一々付き合っていたら、それこそ時間の無駄だ」
「そ、そうですか……」
セス様も大変だな、とお気持ちをお察ししつつも、あっさりばっさり切り捨てられたご令嬢方が何だか可哀想に思えてしまって、私は苦笑いを浮かべた。
「そんな事よりも、お前もどうだ? 王宮の食事は流石に美味い物が揃っているぞ」
「頂きます!」
先程の胸の不快感も忘れて、セス様が取ってくださった果実酒を受け取り、お礼を言って口に含む。まだお酒に慣れない私でも、飲みやすくて美味しかった。お肉も歯を入れた瞬間に蕩けてしまうくらい柔らかいし、フルーツがたっぷり使われて可愛くデコレーションされたケーキも甘過ぎなくてとても美味しい。こんな機会は二度と無いのかも知れないのだから、ここぞとばかりに沢山お腹に詰め込みたいのだけれども、コルセットが苦しくてすぐに入らなくなってしまったのが残念でならない。
「キンバリー辺境伯、こんな所にいらっしゃったのですね。お久し振りです」
テーブルの上で美しい光沢を放ちながら誘惑してくるショコラケーキと、もう限界だと苦痛を訴えてくる腹具合に気を取られていると、体格の良い若い男性が、セス様に話し掛けて来られた。
「お久し振りです。合同訓練の時以来ですね」
「そうなりますね。あの時は本当にお世話になりました。何でもご婚約されたと伺いました。おめでとうございます」
「ありがとうございます。彼女が婚約者のサラ・フォスター伯爵令嬢です。サラ、こちらはヴェルメリオ国騎士団の第一騎士団団長である、マーク・ケリー公爵令息だ」
「サラ・フォスターと申します。以後お見知りおき下さいませ」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
セス様にご紹介いただいた後、お二人はそのまま歓談を始められた。お二人共軍を率いるという似たような立場だからか、親しげに話されている。仲が良いのだなと微笑ましく思いつつ、私はその間にちょっと失礼してお手洗いに行く事にした。
(ええと、お手洗いは確かこっち……)
「ちょっと貴女。どうやってキンバリー辺境伯に取り入ったのかしら?」
会場を出ようとした所で声を掛けられて振り返ると、数人の美しいご令嬢方が私を睨み付けていた。
「どうやって、と言われましても……」
私は首を傾げる。
「貴女なんかより、私の方がずっと美しい筈なのに……!」
「何故貴女のような貧相な方を選ばれたのかしら……!」
「辺境伯も人を見る目がありませんのね」
「今の発言、取り消していただけますか?」
私は令嬢の一人に向き直る。
「セス様の人を見る目は超一流ですわ。キンバリー辺境伯家で働く方々も、国境警備軍の兵士の方々も、皆様本当に良い方ばかりですの。そんな方々を採用する立場であるセス様が、人を見る目が無い訳がありませんわ」
「なっ……で、では、辺境伯は一体貴女の何処を見込まれたと仰るんですの!?」
「さ、さあ……? 何処でしょう……?」
困ってしまった私が薄笑いを浮かべると、ご令嬢方は唖然とされた。
「……フン、キンバリー辺境伯が貴女の何処を気に入られたのかは知らないけれど、少なくとも貴女、キンバリー辺境伯とは全く釣り合っていなくってよ! 身の程を知りなさいな!」
その言葉は、グサリと私の胸を突き刺した。
……そんな事は、他の誰よりも、私が一番良く知っている。
「その通りですわ! 調子に乗らないでいただける!?」
「貴女のような大して美しくも無いお方、キンバリー辺境伯には相応しくなくってよ!」
ご令嬢方に口々に蔑まれ、私が俯きそうになった時。
「誰が俺に相応しいかなど、この俺自身が決める事だ。貴様達に口出しする権利など無い」
何時の間にか歩み寄って来られていたセス様は、見た事もない程険しいお顔をされていた。辺り一帯に何故か冷気を感じて、思わず身震いをしてしまう。
「キ、キンバリー辺境伯……」
セス様に気圧されたのか、先程まで威勢の良かったご令嬢方は青褪め、声は震えていた。
「貴様達は己の美しさとやらに自信があるようだが、俺はそんな醜悪な内面をこのような場で曝け出すような頭の弱い女に微塵も興味など無い。不愉快だ。失せろ」
セス様が私の肩を抱いてご令嬢方をギロリと睨み付ける。完膚なきまでに打ちのめされたご様子のご令嬢方は、我先にとそそくさと立ち去られて行った。
「サラ、大丈夫か? 何かされたのではないだろうな?」
「はい、何も。助けてくださって、ありがとうございました」
「礼を言われるような事ではない。お前が絡まれたのは、俺が原因なのだろう? 寧ろすまなかった」
「いいえ。セス様がすぐに来てくださって本当に嬉しかったです」
セス様が側に居てくださる事が何よりも心強くて、満面の笑みを浮かべてお礼を言うと、セス様は照れたように視線を逸らされていた。
だけど、この時の私は気付いていなかった。
ご令嬢方の嫉妬なんて可愛らしいものなどではない、激しい憎悪の視線が、私に向けられていた事に。
国王陛下へのご挨拶が終わってほっとしたからか、セス様と踊ったダンスはとても楽しかった。練習の甲斐あってか、ステップも間違えずにきちんと最後まで踊り切る事ができた。セス様が終始優しく微笑んでくださっていたお蔭で、私はまるで王子様と踊るお姫様のような気分まで味わえたのだった。
だけどその余韻に浸る間もなく、軽く息を整えながら顔を上げた時には、沢山の人々が私達を取り囲んでいた。
「キンバリー辺境伯、お久し振りですな。失礼ですが、そちらのご令嬢とはどのようなご関係ですかな?」
美しく着飾ったご令嬢を連れた中年の紳士が、セス様に話し掛ける。
「彼女は俺の婚約者ですが、それが何か」
私の肩を抱き寄せながらきっぱりと口にしたセス様に、周囲がどよめいた。
「う、嘘ですわよね!? キンバリー辺境伯が、本当にご婚約だなんて……!!」
「そ、そんな……!! キンバリー辺境伯の氷のようなお心を溶かして差し上げられるのは、私だけだと思っておりましたのに……!!」
「嫌ですわ! 憧れの殿方がご婚約だなんて、信じたくありません……!!」
一部のご令嬢方は、青褪めて涙目になっている。やはりセス様は、かなり人気がお有りになるのだなと実感すると同時に、何だか胸の奥にもやもやとする不快感を感じた。
「そ、そうでしたか。それはおめでとうございます……」
笑顔を引き攣らせている中年の紳士に、セス様は貼り付けた微笑みを向ける。
「ありがとうございます。失礼ですが、ご用件がそれだけならもう宜しいでしょうか。少々喉が渇きましたもので」
私を連れたセス様が足を踏み出すと、人だかりが左右に割れて見る見るうちに道ができていく。休憩スペースに辿り着くと、セス様は大きく息を吐いた。
「ここまで来れば大丈夫だろう。全く、鬱陶しい連中だ」
「セ、セス様……。良かったのですか? 滅多に来ない王都で、それも夜会に出席しているのですから、多少の社交は必要なのでは……?」
「必要ない。あわよくば娘を売り込もうとする下心見え見えの連中に一々付き合っていたら、それこそ時間の無駄だ」
「そ、そうですか……」
セス様も大変だな、とお気持ちをお察ししつつも、あっさりばっさり切り捨てられたご令嬢方が何だか可哀想に思えてしまって、私は苦笑いを浮かべた。
「そんな事よりも、お前もどうだ? 王宮の食事は流石に美味い物が揃っているぞ」
「頂きます!」
先程の胸の不快感も忘れて、セス様が取ってくださった果実酒を受け取り、お礼を言って口に含む。まだお酒に慣れない私でも、飲みやすくて美味しかった。お肉も歯を入れた瞬間に蕩けてしまうくらい柔らかいし、フルーツがたっぷり使われて可愛くデコレーションされたケーキも甘過ぎなくてとても美味しい。こんな機会は二度と無いのかも知れないのだから、ここぞとばかりに沢山お腹に詰め込みたいのだけれども、コルセットが苦しくてすぐに入らなくなってしまったのが残念でならない。
「キンバリー辺境伯、こんな所にいらっしゃったのですね。お久し振りです」
テーブルの上で美しい光沢を放ちながら誘惑してくるショコラケーキと、もう限界だと苦痛を訴えてくる腹具合に気を取られていると、体格の良い若い男性が、セス様に話し掛けて来られた。
「お久し振りです。合同訓練の時以来ですね」
「そうなりますね。あの時は本当にお世話になりました。何でもご婚約されたと伺いました。おめでとうございます」
「ありがとうございます。彼女が婚約者のサラ・フォスター伯爵令嬢です。サラ、こちらはヴェルメリオ国騎士団の第一騎士団団長である、マーク・ケリー公爵令息だ」
「サラ・フォスターと申します。以後お見知りおき下さいませ」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
セス様にご紹介いただいた後、お二人はそのまま歓談を始められた。お二人共軍を率いるという似たような立場だからか、親しげに話されている。仲が良いのだなと微笑ましく思いつつ、私はその間にちょっと失礼してお手洗いに行く事にした。
(ええと、お手洗いは確かこっち……)
「ちょっと貴女。どうやってキンバリー辺境伯に取り入ったのかしら?」
会場を出ようとした所で声を掛けられて振り返ると、数人の美しいご令嬢方が私を睨み付けていた。
「どうやって、と言われましても……」
私は首を傾げる。
「貴女なんかより、私の方がずっと美しい筈なのに……!」
「何故貴女のような貧相な方を選ばれたのかしら……!」
「辺境伯も人を見る目がありませんのね」
「今の発言、取り消していただけますか?」
私は令嬢の一人に向き直る。
「セス様の人を見る目は超一流ですわ。キンバリー辺境伯家で働く方々も、国境警備軍の兵士の方々も、皆様本当に良い方ばかりですの。そんな方々を採用する立場であるセス様が、人を見る目が無い訳がありませんわ」
「なっ……で、では、辺境伯は一体貴女の何処を見込まれたと仰るんですの!?」
「さ、さあ……? 何処でしょう……?」
困ってしまった私が薄笑いを浮かべると、ご令嬢方は唖然とされた。
「……フン、キンバリー辺境伯が貴女の何処を気に入られたのかは知らないけれど、少なくとも貴女、キンバリー辺境伯とは全く釣り合っていなくってよ! 身の程を知りなさいな!」
その言葉は、グサリと私の胸を突き刺した。
……そんな事は、他の誰よりも、私が一番良く知っている。
「その通りですわ! 調子に乗らないでいただける!?」
「貴女のような大して美しくも無いお方、キンバリー辺境伯には相応しくなくってよ!」
ご令嬢方に口々に蔑まれ、私が俯きそうになった時。
「誰が俺に相応しいかなど、この俺自身が決める事だ。貴様達に口出しする権利など無い」
何時の間にか歩み寄って来られていたセス様は、見た事もない程険しいお顔をされていた。辺り一帯に何故か冷気を感じて、思わず身震いをしてしまう。
「キ、キンバリー辺境伯……」
セス様に気圧されたのか、先程まで威勢の良かったご令嬢方は青褪め、声は震えていた。
「貴様達は己の美しさとやらに自信があるようだが、俺はそんな醜悪な内面をこのような場で曝け出すような頭の弱い女に微塵も興味など無い。不愉快だ。失せろ」
セス様が私の肩を抱いてご令嬢方をギロリと睨み付ける。完膚なきまでに打ちのめされたご様子のご令嬢方は、我先にとそそくさと立ち去られて行った。
「サラ、大丈夫か? 何かされたのではないだろうな?」
「はい、何も。助けてくださって、ありがとうございました」
「礼を言われるような事ではない。お前が絡まれたのは、俺が原因なのだろう? 寧ろすまなかった」
「いいえ。セス様がすぐに来てくださって本当に嬉しかったです」
セス様が側に居てくださる事が何よりも心強くて、満面の笑みを浮かべてお礼を言うと、セス様は照れたように視線を逸らされていた。
だけど、この時の私は気付いていなかった。
ご令嬢方の嫉妬なんて可愛らしいものなどではない、激しい憎悪の視線が、私に向けられていた事に。