なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
35.最悪な再会
セス様に見送られて会場を出て、お手洗いに入る。
(ふう、やっぱり夜会って緊張するなあ……。でも後少しだし、頑張ろう)
簡単に身だしなみを確認して、お手洗いを出た時だった。
「まだ生きていたのね、この死に損ないが!」
聞き覚えのある罵声に身体を強張らせた私は、恐る恐る顔を上げて息を呑んだ。異母姉に異母兄、継母がお手洗いの前で待ち構えていたのだ。
どうして忘れていたんだろう。この夜会はヴェルメリオ国中の貴族が集まる盛大なものだ。当然フォスター伯爵家も出席する。そんな事にも気が回らなかったなんて。
今まで三人にされてきた事が脳裏に蘇り、恐怖で身体が勝手に竦み上がる。
「リア、もう少し抑えろ。ここでは人目に付くから移動するぞ」
「分かったわよ、お兄様」
鬼のような形相をした異母姉と継母に挟まれ、私は異母兄に付いて行かざるを得なかった。三人は近くの空き部屋に私を連れ込み、扉に鍵を掛けると早速怒鳴り始めた。
「何であんたがキンバリー辺境伯に気に入られているのよ!!」
「流石は泥棒猫の娘だな。男を手玉に取るのはお手の物だという事か!」
「キンバリー辺境伯が、まさかこんな小娘に惑わされるとは思わなかったわ! この売女め!!」
口々に私を罵る三人。
元はと言えば、異母兄達が私をキンバリー辺境伯領に追いやった事が切っ掛けなのに、随分好き勝手な事ばかり言ってくれる。だけど長年身に染み付いた習慣のせいか、私は何も言う事ができなかった。
昔の何もかも諦めていた私だったら、そのまま何を言われても、ただ黙ってやり過ごすだけだっただろう。
だけど。
「キンバリー辺境伯は、余程趣味が悪いようだな。まさかお前みたいな女を本当に相手にするとは!」
「ねえお兄様、良い事を思い付いてしまったわ。こんな貧相な女よりも、この私こそがキンバリー辺境伯に相応しいと思わない? 噂に惑わされてしまったせいで、キンバリー辺境伯があんなに素敵な方だなんて思ってもいなかったから、この女に行かせたけど、別に私がキンバリー辺境伯に嫁いでも良いのよね? 今からでも遅くないんじゃないかしら?」
「それもそうだな。キンバリー辺境伯もこんな平民上がりの女より、生粋の伯爵令嬢のお前の方が良いに決まっているだろうよ」
「じゃあトリスタン、キンバリー辺境伯はリアに任せましょう。そしてあんたはフォスター伯爵家に戻って来なさい。またせいぜいこき使ってあげるわ」
あまりにも身勝手な三人に怒りが込み上げて、流石に我慢できなかった。
(異母姉がセス様と? それだけは許せない!! こんな最低な女が、セス様に嫁ぐなんて絶対にあってはいけない!!)
「ふざけないで……っ!! そんな事を勝手に決めるなんて……!!」
気付いた時には、恐怖に身を震わせながらも、私は初めて反論していた。
「は……!? 口答えするなんて良い度胸ね!! 調子に乗ってんじゃないわよ、あんた!!」
私の初めての反抗が余程頭にきたのか、王宮内であるにもかかわらず、異母姉は私に手を翳す。見慣れた風魔法を使う仕草に、私は咄嗟にギュッと目を瞑って衝撃に備えた。
バキイィィィン!!
だけど、何時まで経っても私の身には何も起こらない。不思議に思って恐る恐る目を開いて、私は瞠目した。
目の前には、私を守るように、氷の壁が展開されていたのだ。壁の向こうで、三人も驚きに目を見開いていた。
「な……何よこれ!?」
怒りで顔を真っ赤にした異母姉が、再び風魔法を行使するが、透き通った美しい氷の壁はヒビ一つ入らない。
「生意気な……!!」
「この小娘め!!」
異母兄と継母も参戦するが、氷の壁はどんな攻撃を受けても、傷一つ付かなかった。
(凄い……! この氷魔法……こんな事ができる人なんて……)
私が一人の人物を思い浮かべると同時に、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「王宮内で禁止されている攻撃魔法を使うとはな。国王陛下に反逆の意有りと見える!」
鍵を壊して雪崩れ込んで来たセス様と騎士の方々に、私は胸がいっぱいになった。
「直ちにその三人を拘束しろ!」
セス様と一緒に来られていたケリー第一騎士団長の命により、三人はすぐに捕らえられた。セス様が氷の壁に触れると、壁は一瞬で蒸発した。
「大丈夫か、サラ」
「はい、セス様! ありがとうございます!!」
長年苦しめられたあの三人から解放してくださったセス様に、泣きそうになりながらお礼を言う。
「ち、違います! 誤解ですわ!!」
「そうですわ! 私達には国王陛下への反逆の意などありません! ただあの娘を躾けようとしていただけですわ!!」
金切り声を上げる異母姉と継母に、騎士の方が怒鳴り付ける。
「いい加減にしろ! あのご令嬢にお前達が攻撃魔法を使ったのは、俺達もこの目で見ているんだ! 王宮内での攻撃魔法の使用は厳禁! その上三人がかりで一人のか弱いご令嬢に攻撃魔法を使用するなど、最早躾でも何でもない!!」
「ち、違う! 俺達が攻撃魔法を使用したのは、王宮内に突如として現れた、あの得体の知れない氷の壁を壊そうとしていたからで!!」
拘束されても尚足掻いている三人に、セス様が冷たい目を向ける。
「魔石に付与した氷魔法の発動条件は、持ち主が何らかの危害を加えられそうになった時だ。つまり、サラに貴様達が危害を加えようとした事は明白。ケリー第一騎士団長、国王陛下への反逆罪に加えて、サラ・フォスター伯爵令嬢への傷害未遂罪を付け加える事をお忘れなく」
「承知致しました、キンバリー辺境伯」
(……魔石?)
騎士の方々に引っ立てられていく三人の後ろ姿を尻目に、瞬きをした私はセス様に向き直る。
「セス様、助けてくださって、本当にありがとうございました。あの……それで一つお伺いしたいのですが、セス様が氷魔法を付与した魔石とやらは、何時私が持ち主になったのでしょうか……?」
そんな魔石を持たされた覚えがなく、セス様に恐る恐る尋ねてみると。
「お前の髪飾りに付けた石が魔石だ。三個共な」
「ヒエッ!?」
驚き過ぎて変な声が出た。
魔力を込める事で魔法を発動させられる魔石は、とても貴重で高価な筈だ。髪飾りに付いていたあの透明な青い石が三個共魔石なら、一体この髪飾りは幾らしたんだろう?
(え、待って。そんな物を私は日常的に使っていたという事……!?)
冷や汗が背中を伝う。
「ついでに言うと、キンバリー辺境伯家の家宝である、その首飾りと耳飾りも似たような効果を持っている。それに、同じく家宝であるこのクラヴァットピンを通して、持ち主の居場所を俺に教えてくれる魔道具でもある」
「か、家宝……?」
(今日、私が身に着けた装飾品のお値段……総額幾らなんだろう……)
暫くの間、私は放心していた。
「そ……そんな貴重な物を、幾つも私に持たせる必要など無かったのでは……?」
「この夜会でフォスター伯爵家の連中が、俺の目を盗んでお前に要らぬ干渉をして来る事は容易に予想できた。万が一の時を考えて、装備は万全にしておいたまでだ」
「セス様……」
セス様は予め、私よりもずっと、私の事を色々と考えてくださっていたのだ。
その事に漸く気が付いて、私は胸が熱くなった。
「セス様、本当に、本当にありがとうございます……!!」
嬉しくて、涙がぽろぽろと溢れてくる。
「泣くな。それに礼は先程も聞いた」
「だ、だって嬉しくて……!!」
戸惑った様子のセス様が差し出してくださったハンカチは、以前私がクリスマスプレゼントで差し上げた、刺繍入りのハンカチだった。その事に気付いた私は、折角止まりかけていた涙を、また溢れさせてしまったのだった。
(ふう、やっぱり夜会って緊張するなあ……。でも後少しだし、頑張ろう)
簡単に身だしなみを確認して、お手洗いを出た時だった。
「まだ生きていたのね、この死に損ないが!」
聞き覚えのある罵声に身体を強張らせた私は、恐る恐る顔を上げて息を呑んだ。異母姉に異母兄、継母がお手洗いの前で待ち構えていたのだ。
どうして忘れていたんだろう。この夜会はヴェルメリオ国中の貴族が集まる盛大なものだ。当然フォスター伯爵家も出席する。そんな事にも気が回らなかったなんて。
今まで三人にされてきた事が脳裏に蘇り、恐怖で身体が勝手に竦み上がる。
「リア、もう少し抑えろ。ここでは人目に付くから移動するぞ」
「分かったわよ、お兄様」
鬼のような形相をした異母姉と継母に挟まれ、私は異母兄に付いて行かざるを得なかった。三人は近くの空き部屋に私を連れ込み、扉に鍵を掛けると早速怒鳴り始めた。
「何であんたがキンバリー辺境伯に気に入られているのよ!!」
「流石は泥棒猫の娘だな。男を手玉に取るのはお手の物だという事か!」
「キンバリー辺境伯が、まさかこんな小娘に惑わされるとは思わなかったわ! この売女め!!」
口々に私を罵る三人。
元はと言えば、異母兄達が私をキンバリー辺境伯領に追いやった事が切っ掛けなのに、随分好き勝手な事ばかり言ってくれる。だけど長年身に染み付いた習慣のせいか、私は何も言う事ができなかった。
昔の何もかも諦めていた私だったら、そのまま何を言われても、ただ黙ってやり過ごすだけだっただろう。
だけど。
「キンバリー辺境伯は、余程趣味が悪いようだな。まさかお前みたいな女を本当に相手にするとは!」
「ねえお兄様、良い事を思い付いてしまったわ。こんな貧相な女よりも、この私こそがキンバリー辺境伯に相応しいと思わない? 噂に惑わされてしまったせいで、キンバリー辺境伯があんなに素敵な方だなんて思ってもいなかったから、この女に行かせたけど、別に私がキンバリー辺境伯に嫁いでも良いのよね? 今からでも遅くないんじゃないかしら?」
「それもそうだな。キンバリー辺境伯もこんな平民上がりの女より、生粋の伯爵令嬢のお前の方が良いに決まっているだろうよ」
「じゃあトリスタン、キンバリー辺境伯はリアに任せましょう。そしてあんたはフォスター伯爵家に戻って来なさい。またせいぜいこき使ってあげるわ」
あまりにも身勝手な三人に怒りが込み上げて、流石に我慢できなかった。
(異母姉がセス様と? それだけは許せない!! こんな最低な女が、セス様に嫁ぐなんて絶対にあってはいけない!!)
「ふざけないで……っ!! そんな事を勝手に決めるなんて……!!」
気付いた時には、恐怖に身を震わせながらも、私は初めて反論していた。
「は……!? 口答えするなんて良い度胸ね!! 調子に乗ってんじゃないわよ、あんた!!」
私の初めての反抗が余程頭にきたのか、王宮内であるにもかかわらず、異母姉は私に手を翳す。見慣れた風魔法を使う仕草に、私は咄嗟にギュッと目を瞑って衝撃に備えた。
バキイィィィン!!
だけど、何時まで経っても私の身には何も起こらない。不思議に思って恐る恐る目を開いて、私は瞠目した。
目の前には、私を守るように、氷の壁が展開されていたのだ。壁の向こうで、三人も驚きに目を見開いていた。
「な……何よこれ!?」
怒りで顔を真っ赤にした異母姉が、再び風魔法を行使するが、透き通った美しい氷の壁はヒビ一つ入らない。
「生意気な……!!」
「この小娘め!!」
異母兄と継母も参戦するが、氷の壁はどんな攻撃を受けても、傷一つ付かなかった。
(凄い……! この氷魔法……こんな事ができる人なんて……)
私が一人の人物を思い浮かべると同時に、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「王宮内で禁止されている攻撃魔法を使うとはな。国王陛下に反逆の意有りと見える!」
鍵を壊して雪崩れ込んで来たセス様と騎士の方々に、私は胸がいっぱいになった。
「直ちにその三人を拘束しろ!」
セス様と一緒に来られていたケリー第一騎士団長の命により、三人はすぐに捕らえられた。セス様が氷の壁に触れると、壁は一瞬で蒸発した。
「大丈夫か、サラ」
「はい、セス様! ありがとうございます!!」
長年苦しめられたあの三人から解放してくださったセス様に、泣きそうになりながらお礼を言う。
「ち、違います! 誤解ですわ!!」
「そうですわ! 私達には国王陛下への反逆の意などありません! ただあの娘を躾けようとしていただけですわ!!」
金切り声を上げる異母姉と継母に、騎士の方が怒鳴り付ける。
「いい加減にしろ! あのご令嬢にお前達が攻撃魔法を使ったのは、俺達もこの目で見ているんだ! 王宮内での攻撃魔法の使用は厳禁! その上三人がかりで一人のか弱いご令嬢に攻撃魔法を使用するなど、最早躾でも何でもない!!」
「ち、違う! 俺達が攻撃魔法を使用したのは、王宮内に突如として現れた、あの得体の知れない氷の壁を壊そうとしていたからで!!」
拘束されても尚足掻いている三人に、セス様が冷たい目を向ける。
「魔石に付与した氷魔法の発動条件は、持ち主が何らかの危害を加えられそうになった時だ。つまり、サラに貴様達が危害を加えようとした事は明白。ケリー第一騎士団長、国王陛下への反逆罪に加えて、サラ・フォスター伯爵令嬢への傷害未遂罪を付け加える事をお忘れなく」
「承知致しました、キンバリー辺境伯」
(……魔石?)
騎士の方々に引っ立てられていく三人の後ろ姿を尻目に、瞬きをした私はセス様に向き直る。
「セス様、助けてくださって、本当にありがとうございました。あの……それで一つお伺いしたいのですが、セス様が氷魔法を付与した魔石とやらは、何時私が持ち主になったのでしょうか……?」
そんな魔石を持たされた覚えがなく、セス様に恐る恐る尋ねてみると。
「お前の髪飾りに付けた石が魔石だ。三個共な」
「ヒエッ!?」
驚き過ぎて変な声が出た。
魔力を込める事で魔法を発動させられる魔石は、とても貴重で高価な筈だ。髪飾りに付いていたあの透明な青い石が三個共魔石なら、一体この髪飾りは幾らしたんだろう?
(え、待って。そんな物を私は日常的に使っていたという事……!?)
冷や汗が背中を伝う。
「ついでに言うと、キンバリー辺境伯家の家宝である、その首飾りと耳飾りも似たような効果を持っている。それに、同じく家宝であるこのクラヴァットピンを通して、持ち主の居場所を俺に教えてくれる魔道具でもある」
「か、家宝……?」
(今日、私が身に着けた装飾品のお値段……総額幾らなんだろう……)
暫くの間、私は放心していた。
「そ……そんな貴重な物を、幾つも私に持たせる必要など無かったのでは……?」
「この夜会でフォスター伯爵家の連中が、俺の目を盗んでお前に要らぬ干渉をして来る事は容易に予想できた。万が一の時を考えて、装備は万全にしておいたまでだ」
「セス様……」
セス様は予め、私よりもずっと、私の事を色々と考えてくださっていたのだ。
その事に漸く気が付いて、私は胸が熱くなった。
「セス様、本当に、本当にありがとうございます……!!」
嬉しくて、涙がぽろぽろと溢れてくる。
「泣くな。それに礼は先程も聞いた」
「だ、だって嬉しくて……!!」
戸惑った様子のセス様が差し出してくださったハンカチは、以前私がクリスマスプレゼントで差し上げた、刺繍入りのハンカチだった。その事に気付いた私は、折角止まりかけていた涙を、また溢れさせてしまったのだった。