なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる
39.王都でデート?
(ま、全く眠れなかった……)
翌朝、一睡もできなかった私は、カーテンの隙間から差し込んでくる朝日の光をぼーっと眺めていた。
昨夜、どうやら私は何時の間にかセス様と正式に婚約していたらしい事を知ってしまった。一体何時から私が婚約者『役』だと勘違いをしていたのか、その間変な行動を取っていなかったか、セス様はどう思われていたのか……等々思い返したり考えたりしていたら、何時の間にか一夜が明けてしまったのだ。
(恥ずかしい……恥ずかし過ぎる……。と言うか、私が婚約者でもセス様は構わないのかしら……?)
自分に自信が無い私は、ついついそんな事を考えてしまう。
(私の肩書きは一応伯爵令嬢……じゃなかった、そのうち女伯爵になるのかな……? と言っても、半分は平民の血が流れている訳だし……いや亡国の王族の血かも知れないけど……。兎に角、平民として育ったのだから、貴族令嬢としては半人前だもの。おまけに今はセス様率いる国境警備軍に雇われている身だし、何だかセス様に莫大な借金もしているみたいだし……。もっとセス様に相応しい、生粋の貴族令嬢の方がいらっしゃるのではないかと思うのだけれど……)
昨日の今日なもので、自分の置かれている立場が今一つ理解できていない。
だけど、もし単純に考えて良いのならば……、セス様が本当に私を望んでくださっているのならば、これ程嬉しい事は無い。
これからもずっと、キンバリー辺境伯領で、セス様の近くで働いて、セス様のお役に立つ事が、私の望みであり、幸せなのだ。どんな形であれ、その望みが叶うのならば、私は喜んでセス様に付いて行くつもりなのだけれども。
(でもまさか、その立場が婚約者だなんて……!?)
一体私の何処を、セス様は気に入ってくださったのだろう……と考えた所で、急に私は冷静になった。
(……そっか。セス様は別に、私の事が好きな訳じゃない)
きっと私は、セス様にとって都合の良い存在だっただけなのだろう。セス様にとって身近な存在で、身分だけはそこそこのなんちゃって貴族令嬢。女避けの為の婚約者に仕立て上げるには、うってつけだったに違いない。
その証拠に、今までセス様に『好きだ』と言われた事など……一度も無い。
(何だ、また変に勘違いしてしまう所だったわ。そうよね。セス様が私の事を好きだなんて、そんな事ある訳無いわよね)
平凡な顔立ちに貧相な身体、ちょっと珍しい魔法を使う事くらいしか取り柄が無い女。それが私だ。誰もが見惚れる程の美貌に、巨大な魔獣でさえ一瞬で氷漬けにできる程膨大な魔力を持ち、剣の腕も超一流、王族とも血縁関係にあり、由緒正しい辺境伯家のご当主であられるセス様が、私に好意を寄せる筈が無い。一瞬でも思い上がってしまった自分自身を反省しつつ、ぽっかりと胸に穴が開いてしまったような喪失感には、気付かない振りをした。
セス様が望まれる限りは、私は幾らでも都合良く、婚約者として振る舞おうと決意する。
そうと決まれば、と私は両頬を叩いてベッドから抜け出し、冷水で顔を洗った。ぼーっとしていた頭が、多少は覚醒する。
婚約者だか伯爵位だかの事も良く分からないけれども、まず私が考えなければならない事は、フォスター伯爵家がセス様にお借りしてしまっている大金の事だ。取り敢えずフォスター伯爵家に行って、売れそうな物は全て売り払って、少しでも借金返済の足しにしないと。
そう思って、朝食の席でセス様に申し上げたのだけれども。
「その必要は無い」
あっさりと、セス様に断られてしまった。
「そんな事はキンバリー辺境伯領に帰った後にでも、イアン達に命じてやらせておけば良い。俺達が王都に滞在している間にしかできない事をする方が先だ」
その結果、何故か私は今、セス様と王都で一番の繁華街に来ている。
「ベンとアガタのお勧めの店はこの先だな。行くぞ、サラ」
セス様に手を引かれ、私は目を点にしたまま、セス様に付いて行く。
(セス様の手……大きくて逞しくて、温かい……)
繋がれた手の感触に、何だかドキドキしてしまうけれども、これは人通りが多いから、逸れないようにしてくださっているだけで、別に深い意味など無い筈だ。……そうに決まっている。
お洒落なレストランで、キンバリー辺境伯領では入手しづらい海の幸の美味しい料理を頂き、美しく盛り付けられた可愛いプチケーキのデザートまでご馳走になる。お店を出て、王都で一番有名だという服屋さんに連れて行かれると、何故か私に合わせた最新の流行のドレスと、それに合わせたアクセサリーまでセス様がご注文されていた。そして連れて来られたのは、私が王都に着いた初日に馬車から見掛けてアガタさんとはしゃいでいたケーキ屋さんだ。店員さんのお勧めだと言う季節のタルトを口に運んで幸せを噛み締めながら、私はふと疑問に思った。
(これって、まるでデートみたいなのでは?)
確かに、王都の観光もさせていただけると聞いていたので、楽しみにはしていたのだが、それであれば、セス様が私の服やアクセサリーを注文する必要なんて無いし、私が気にしていたケーキ屋さんに連れて来てくださる必要だって無いような……?
(って、そんな訳ないわよね。嫌だな私ったら。婚約者がどうこうって言うお話を聞いた途端にこれだもの。自意識過剰にも程があるわ)
これは偶々そう思えるだけだ。ドレスとアクセサリーは既にもう沢山頂いてしまったように思うけれども、辺境伯家の婚約者ともなれば、まだ必要なのかも知れないから、セス様が揃えてくださっているだけで。ケーキ屋さんだって、アガタさんも行きたいと言っていたから、既にベンさんと一緒に行って、レストランと同様にセス様にお勧めしただけなのかも知れないし。
だから、美味しくタルトを頂いている私を見るセス様の目が、いつもよりも優しくて、何処か甘さまで含まれているように感じるのも……きっと、気のせいだ。
翌朝、一睡もできなかった私は、カーテンの隙間から差し込んでくる朝日の光をぼーっと眺めていた。
昨夜、どうやら私は何時の間にかセス様と正式に婚約していたらしい事を知ってしまった。一体何時から私が婚約者『役』だと勘違いをしていたのか、その間変な行動を取っていなかったか、セス様はどう思われていたのか……等々思い返したり考えたりしていたら、何時の間にか一夜が明けてしまったのだ。
(恥ずかしい……恥ずかし過ぎる……。と言うか、私が婚約者でもセス様は構わないのかしら……?)
自分に自信が無い私は、ついついそんな事を考えてしまう。
(私の肩書きは一応伯爵令嬢……じゃなかった、そのうち女伯爵になるのかな……? と言っても、半分は平民の血が流れている訳だし……いや亡国の王族の血かも知れないけど……。兎に角、平民として育ったのだから、貴族令嬢としては半人前だもの。おまけに今はセス様率いる国境警備軍に雇われている身だし、何だかセス様に莫大な借金もしているみたいだし……。もっとセス様に相応しい、生粋の貴族令嬢の方がいらっしゃるのではないかと思うのだけれど……)
昨日の今日なもので、自分の置かれている立場が今一つ理解できていない。
だけど、もし単純に考えて良いのならば……、セス様が本当に私を望んでくださっているのならば、これ程嬉しい事は無い。
これからもずっと、キンバリー辺境伯領で、セス様の近くで働いて、セス様のお役に立つ事が、私の望みであり、幸せなのだ。どんな形であれ、その望みが叶うのならば、私は喜んでセス様に付いて行くつもりなのだけれども。
(でもまさか、その立場が婚約者だなんて……!?)
一体私の何処を、セス様は気に入ってくださったのだろう……と考えた所で、急に私は冷静になった。
(……そっか。セス様は別に、私の事が好きな訳じゃない)
きっと私は、セス様にとって都合の良い存在だっただけなのだろう。セス様にとって身近な存在で、身分だけはそこそこのなんちゃって貴族令嬢。女避けの為の婚約者に仕立て上げるには、うってつけだったに違いない。
その証拠に、今までセス様に『好きだ』と言われた事など……一度も無い。
(何だ、また変に勘違いしてしまう所だったわ。そうよね。セス様が私の事を好きだなんて、そんな事ある訳無いわよね)
平凡な顔立ちに貧相な身体、ちょっと珍しい魔法を使う事くらいしか取り柄が無い女。それが私だ。誰もが見惚れる程の美貌に、巨大な魔獣でさえ一瞬で氷漬けにできる程膨大な魔力を持ち、剣の腕も超一流、王族とも血縁関係にあり、由緒正しい辺境伯家のご当主であられるセス様が、私に好意を寄せる筈が無い。一瞬でも思い上がってしまった自分自身を反省しつつ、ぽっかりと胸に穴が開いてしまったような喪失感には、気付かない振りをした。
セス様が望まれる限りは、私は幾らでも都合良く、婚約者として振る舞おうと決意する。
そうと決まれば、と私は両頬を叩いてベッドから抜け出し、冷水で顔を洗った。ぼーっとしていた頭が、多少は覚醒する。
婚約者だか伯爵位だかの事も良く分からないけれども、まず私が考えなければならない事は、フォスター伯爵家がセス様にお借りしてしまっている大金の事だ。取り敢えずフォスター伯爵家に行って、売れそうな物は全て売り払って、少しでも借金返済の足しにしないと。
そう思って、朝食の席でセス様に申し上げたのだけれども。
「その必要は無い」
あっさりと、セス様に断られてしまった。
「そんな事はキンバリー辺境伯領に帰った後にでも、イアン達に命じてやらせておけば良い。俺達が王都に滞在している間にしかできない事をする方が先だ」
その結果、何故か私は今、セス様と王都で一番の繁華街に来ている。
「ベンとアガタのお勧めの店はこの先だな。行くぞ、サラ」
セス様に手を引かれ、私は目を点にしたまま、セス様に付いて行く。
(セス様の手……大きくて逞しくて、温かい……)
繋がれた手の感触に、何だかドキドキしてしまうけれども、これは人通りが多いから、逸れないようにしてくださっているだけで、別に深い意味など無い筈だ。……そうに決まっている。
お洒落なレストランで、キンバリー辺境伯領では入手しづらい海の幸の美味しい料理を頂き、美しく盛り付けられた可愛いプチケーキのデザートまでご馳走になる。お店を出て、王都で一番有名だという服屋さんに連れて行かれると、何故か私に合わせた最新の流行のドレスと、それに合わせたアクセサリーまでセス様がご注文されていた。そして連れて来られたのは、私が王都に着いた初日に馬車から見掛けてアガタさんとはしゃいでいたケーキ屋さんだ。店員さんのお勧めだと言う季節のタルトを口に運んで幸せを噛み締めながら、私はふと疑問に思った。
(これって、まるでデートみたいなのでは?)
確かに、王都の観光もさせていただけると聞いていたので、楽しみにはしていたのだが、それであれば、セス様が私の服やアクセサリーを注文する必要なんて無いし、私が気にしていたケーキ屋さんに連れて来てくださる必要だって無いような……?
(って、そんな訳ないわよね。嫌だな私ったら。婚約者がどうこうって言うお話を聞いた途端にこれだもの。自意識過剰にも程があるわ)
これは偶々そう思えるだけだ。ドレスとアクセサリーは既にもう沢山頂いてしまったように思うけれども、辺境伯家の婚約者ともなれば、まだ必要なのかも知れないから、セス様が揃えてくださっているだけで。ケーキ屋さんだって、アガタさんも行きたいと言っていたから、既にベンさんと一緒に行って、レストランと同様にセス様にお勧めしただけなのかも知れないし。
だから、美味しくタルトを頂いている私を見るセス様の目が、いつもよりも優しくて、何処か甘さまで含まれているように感じるのも……きっと、気のせいだ。