なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

5.念願の仕事

「お願いします!! お金を全く持っていない上に、行く当ても帰る場所も無いんです! 今ここを出たら、確実に凍死か餓死か野垂れ死にしてしまいます! 仕事をご紹介いただけたら、一生懸命働いて、決してご迷惑はお掛け致しませんから!」

 頭を下げたまま、必死にお願いして、キンバリー辺境伯の返事を待つ。暫くして、深く溜息を吐き出す音が聞こえた。

(どうしよう。やっぱり駄目なのかな?)
 もし拒否されてしまったら、と思っただけで、視界が滲んでくる。祈るような気持ちで、ギュッと目を瞑りつつ涙を堪えた。

「……伯爵令嬢が仕事を紹介しろだなどと、随分突飛な話だな。まずは事情を説明してもらおうか」
「は、はい」

 キンバリー辺境伯に促されて、私は顔を上げた。
(良かった、話だけでも聞いてもらえるみたいだ)

 キンバリー辺境伯に即座に断られず、少し安心した私は、簡単に身の上話を語った。元々平民の出で母子家庭で育った事。お母さんの死後は前フォスター伯爵である父に引き取られた事。その父も死に、異母兄が伯爵位を継いでからは、継母と異母兄と異母姉に使用人以下の扱いを受けていた事。そしてここに来る時に、異母兄から何があっても二度と戻って来るなと言われた事。

「……成程な。合点が行った。道理で伯爵令嬢にしてはおかしな点が多々ある訳だ」
 私の話が終わると、苦り切った表情で、キンバリー辺境伯が吐き捨てるように言った。

 多分だけど、私の見た目の事を言っているんじゃないかと思った。ボサボサの髪にガサガサの肌にガリガリの身体にボロボロの服では、どう見ても貴族令嬢には見えないだろうから。

「……お見苦しい姿をお見せしてしまって、申し訳ありません」
「謝る必要は無い。お前のせいではないだろう」
 俯く私に辺境伯が掛けてくださった言葉に、じわりと胸が温かくなる。

「仕事については考えておく。まだ身体が本調子ではないだろう。完全に回復させる事を優先しろ」
「あ……ありがとうございます!!」
 キンバリー辺境伯の有り難いお言葉に、私は目を見開いて、勢い良く頭を下げた。

(良かった……!! 噂なんて当てにならないものだわ。この方の一体何処が冷酷無慈悲だと言うんだろう)
 胸を撫で下ろしつつ、噂を鵜呑みにしてしまっていた事を反省していた時、それまで黙って控えていたハンナさんが口を開いた。

「旦那様。一つお尋ねしたいのですが、恐れ多くも国王陛下からご紹介いただいた伯爵家のご令嬢に、どのようなお仕事をご紹介されるおつもりですか?」
 にっこりと笑顔を見せているハンナさんから、何故か圧力を感じる。

「……それは今から考える」
「そうですか。まさかとは思いますが、平民の仕事を紹介して、このお屋敷から放り出すおつもりではありませんよね? 折角国王陛下がお声掛けしてくださって、わざわざ遠方からお越しくださったご令嬢にそんな扱いをしてしまったら、国王陛下のお顔に泥を塗ってしまう行為だという事くらい、旦那様ならすぐにお分かりになりますものね?」
「……」
 キンバリー辺境伯は無言のまま、苦虫を嚙み潰したような表情をしている。

「あの、私はそれでも全然構いません。平民として暮らしてきた時間の方が長いの、で……」

 私が横から口を挟んだら、ハンナさんの笑顔の圧が何故かこちらを向いた。
 何でだろう? 黙っていろ、と言われている気がするような……。

「ところで、お嬢様はどのような職に就きたいか、何かご希望はお有りなのですか?」
「え? ……いいえ、特に希望はありませんが……」
 ハンナさんの質問に、私は面食らいつつも少し考えた。

「フォスター伯爵家では、使用人同然の扱いでしたので、洗濯や掃除や針仕事等の類でしたら即戦力になれるかと思います。多少なりとも淑女教育は受けておりましたので、読み書きや計算もできます。どんなお仕事でも精一杯頑張ります! ……でももし、希望を言って良いのなら、恥ずかしながら今はお金も住む場所も無いので、お給金を前借りさせていただけたり、住み込みで働ける所だったりすると助かるのですが……」
 そんな好条件な仕事なんて無いよな……と自分でも思いつつ、口に出すだけ出してみる。

「まあまあまあ、そうですか。そのご希望にピッタリのお仕事がございますよ」
「本当ですか!?」
 まさか本当にそんな仕事があると思っていなかった私は、思わず身を乗り出した。

「はい。お嬢様さえ宜しければ、このお屋敷で働いてみませんか?」

 ハンナさんの返事に、目を輝かせる私とは対照的に、キンバリー辺境伯はギョッとしたように目を剥いた。

「ハンナ! 新しく人手など増やす必要は無いだろう!」
「私も最近は年を取ってまいりましたので、少々きつく感じるようになってしまった仕事もございます。そう言った所を手助けしてくださる方がいると助かるのですが……」
「クッ……」
 ニコニコと微笑むハンナさんに、キンバリー辺境伯が口を噤む。

「あ……あの! 私としては、是非お願いしたいのですが! 一生懸命働きますので、どうか雇っていただけないでしょうか!?」
 私はキンバリー辺境伯に頭を下げて頼み込んだ。

 フォスター伯爵家で使用人同然に扱われてきたのだから、この仕事なら、きっと私にも出来る筈だ。ハンナさんは何でか分からないけれど、どうやら私の味方になってくれているみたいだし、こんな好条件の職場、絶対に逃したくはない。
 暫くその姿勢のまま微動だにせずにいると、長い長い溜息を吐き出す音がした。

「……三ヶ月は、試用期間として雇ってやる。そこから先は勤務態度を見て判断する。それで良いな?」
「はい! ありがとうございます!!」

 何だか疲れたような表情で退室して行くキンバリー辺境伯の背中に向かってお礼を叫ぶ。ハンナさんにも心からお礼を言い、私は久し振りに嬉しさで胸がいっぱいになったのだった。
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