なんちゃって伯爵令嬢は、女嫌い辺境伯に雇われる

6.女嫌いの所以

(ハンナめ、余計な真似を……)
 客室を出た俺は、頭を抱えたくなった。

 ハンナの言いたい事は分かっている。折角国王陛下の口利きでこんな田舎まで遥々来てくれたのだから、屋敷に置いて、フォスター伯爵令嬢に辺境伯夫人としての適性があるかだけでもちゃんと見てみろ、と性懲りも無く顔にでかでかと書いてあった。
 下らん。貴族令嬢など、どいつもこいつも似たり寄ったりだ。
 ……と言いたい所だが、確かに彼女は普通の令嬢達とは少し違うのかも知れない。彼女の話の真偽はさておき、仕事を求めてくる令嬢など、前代未聞なのだから。

 ***

 ヴェルメリオ国最北端に位置するだだっ広いキンバリー辺境伯領は、隣接する領地との行き来に最短でも馬車で丸一日はかかってしまう。そして王都からも遠い為、社交シーズンであっても最低限の夜会にしか顔を出さない。国境の北側には魔の森が広がっており、魔獣が襲って来る事もあるので、長く領地を留守にする事ができないのだ。
 こんな辺鄙な田舎の領地であれば、自ずと通常の貴族の家とは事情が異なってくる。お茶会を開いたり夜会に出席したりして、情報を交換したり根回しをしたりする事など、キンバリー辺境伯領ではそもそも不可能だ。王都での流行り物の情報にも疎ければ、即座に最先端の物を取り扱うような洗練された店も無い。時折魔獣が襲来してくる危険性もあり、身を守る術を全く持たないだけならまだしも、パニックを起こしたり泣き喚いたりで、こちらの足を引っ張り、周囲をより危険に晒すような、元王女である母のような箱入り娘などお断りなのだ。

 政略結婚である父と母は、遂に打ち解ける事は無かった。辺境の地で魔獣と戦い国の安全を守る父を、前国王陛下が労う為、また父の整った顔立ちに好意を持った母が兄である前国王陛下にそれとなく告げた為、両者の思惑が一致して王妹と辺境伯の婚姻が成立したのだが、望んで嫁いで来た筈の母の不満は日に日に増していった。
 曰く、お茶会が開けない、王都で流行りのドレスを仕立てられない、夜会にも出られず殆ど田舎の領地に引きこもってばかりでつまらない、こんな筈じゃなかった、と。結婚前に重々父が言い聞かせていた時には、そんな事は気にしないと言っていたのにもかかわらず。
 跡継ぎである俺が生まれた後も、二人の仲は冷え切ったままだった。そして魔獣が領地を襲って来た時に、悲劇は起こってしまったのだ。
 偶々母が気晴らしに街に出掛けていた所に魔獣が出現してしまい、初めて魔獣を目にした母はパニックを起こした。そして護衛の制止も聞かずに喚いて逃げ惑ったせいで、逆に魔獣の気を引いてしまい、標的になってしまった母を守ろうとした護衛共々、命を落としてしまったのだ。

 元王族である母を死なせてしまった事により、責任を感じて一線を退いた父からキンバリー辺境伯位を受け継いだ身として、母のような悲劇を再び繰り返す訳にはいかない。だが俺に寄って来るのは、俺の外見や地位しか見ず、領地の事をまるで理解していない女達ばかりだ。私こそはと自信満々で婚約者に名乗り出た令嬢に、試しに捕らえておいた魔獣と対面させてみれば、泡を吹いて卒倒し、後日丁重に断られた事は一回や二回ではない。酷い者は、領地がどれだけ田舎であるかを説いただけで後退りする始末だ。
 そんな事が繰り返され、俺はすっかり女に嫌気が差していた。幸か不幸か、縁談を断ってきた貴族共のうち、やけに自信に満ちていた割には即座に醜態を晒して辞退してきた令嬢の家が、無駄にプライドだけは高かったらしく、俺がまるで血も涙もない冷酷な人間であるかのような噂を王都でせっせと流しているようだが、それが女避けになるなら気にも留めない。
 既に俺は女に興味など持てなくなっていたし、跡継ぎなら親戚から養子でも取れば良い。そんな俺の思惑とは裏腹に、周囲は未だにしつこく良家の娘との縁組を勧めてくる。いい加減うんざりして反吐が出そうだ。

 百歩譲って、強いて言うとするならば、辺境伯夫人として望ましいのは、この田舎の地に馴染む事ができ、常に冷静に状況を見極め、自分のすべき事、できる事を見付けて素早く行動に移せる人物だ。別に多くは望まない。魔獣の出現等の緊急時に、何処か安全な場所に隠れているなど、こちらの足手纏いにさえならなければそれで良い。
 だがそんな事すらもできず、魔獣を目にしただけで腰を抜かし、護衛や侍女が居ないと何もできずにただ震えているような令嬢達しか、俺は目にした事が無い。なのでこの先結婚しても良いと思える令嬢が現れるかも知れない、だなどという無駄でしかない期待など、俺はとっくの昔に捨て去っている。

 フォスター伯爵令嬢を見捨てる訳にも行かないし、ハンナが煩いから、従兄殿の顔を立てる為にも、彼女を一旦屋敷に置く事にしたが、どうせそう長くは続かないだろう。事情が事情だけに暫くはこの地に留まるだろうが、彼女だって他の令嬢達同様、何も無く辺鄙で寒冷で危険な土地にすぐに嫌気が差し、手元に金が貯まって今後の生活の見通しさえ立つようになれば、即刻この屋敷を離れたがるに決まっている。さて、何ヶ月もつ事やら。

 俺はそんな風に考えながら、リアンにフォスター伯爵令嬢をこの屋敷で雇う旨を告げた。

「そうですか! 畏まりました。ではすぐに手配を致します」

 やけに嬉しそうな弾んだ声で、早速書類の準備等を始めるリアンに、さてはこいつもハンナと同類か、と俺は頭を抱えたのだった。
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