薔薇公爵の呪いを解くための代償 ~ハッピーエンド後のヒロインと攻略キャラの後日談~
『私との思い出が消える代わりに、呪いが解けるわ』
彼女を、妻を、マリアを忘れる?
視界が歪んだ。胸が突き刺さるように痛い。
『ずっと傍にいるという貴方との約束を破ってごめんなさい。
貴方と過ごした日々が愛おしくて、輝いていて、だからマーリンから薬をもらったときに騙してでも貴方に飲ませようと――何度もしたのに、できなかった。
私を忘れてしまうのが悲しくて、決断できなくて、貴方をさらに苦しめることになってごめんなさい』
そんなことない。
私は、自分が呪われているなんて気付いてすら居なかったのだから。
庭園の薔薇が屋敷まで浸食していないのは、降り続けている雪の影響だろう。
特殊な魔法がかかっている。
雪の魔法、これは、学友のマーリンが得意としたものだ。
そうだ。
マリアが息を引き取った日、私は事実を受け入れられなくて魔力を暴走させた。
そこからの記憶は断片的だ。
討伐部隊が何度も屋敷に突入し、そのたびに棘で追い返していった。
では、妻の遺体はどこに?
慌てて屋敷の寝室に戻るが、そこには何もない。
彼女がいた形跡も残らないほど時間が経過していた。
『マリアの遺体なら火葬して屋敷の裏山に墓があるよ』
「……マーリンか」
周囲を見渡しても彼らしき姿はない。
ただ窓から小鳥が囀るのが見えた。
『よく分かったね。もっとも君の傍に近づけば棘によって吸収または攻撃されるから、小鳥や花々を通して君を見ている。……ちなみにこのやりとりはすでに十三回目だ』
「……そうか」
封書を開けたのは私だけ。
そして私は同じ言動を何度も繰り返し、そして都合の良いように忘れて、数ヶ月ぶりに王都から屋敷に戻ってきたと記憶改竄を自分で行った。妻の死も、彼女の願いも受け入れられずに堂々巡りをしている。
「呪いを解くには薬を飲んでマリアとの記憶を消すしかないのか?」
『ない。その手の呪い解除は対価が大きい。それこそ生涯をかけた思いや記憶を奪わなければならないほどに強力な呪いだ。君というか君の一族が代々受け継いでいった薔薇公爵の呪いだからね』
「……私の一族はなぜ呪われた?」
『両親から聞かなかったかい? 妖精界の薔薇姫を娶ったから。だからこそ愛しい人の想いを断ち切ればその呪いは解ける』
「……私の一族は誰も愛する人との記憶を手放さなかったと?」
『そう。子供をなさなければ薔薇公爵は生き続けるし、公爵夫人が子供をなした途端、呪いによって夫人は死ぬ。公爵は後継者が成人するまで生き続けて、次の『薔薇公爵』が継がれたのちに亡くなる』
祖父のことは覚えていない。父が成人してすぐに亡くなったと聞く。
父も私が成人と共に結婚して亡くなった。
どこか嬉しそうに『これでようやく妻の元に逝ける』と言っていたのを思い出す。
私と妻に子供はできなかった。
この場合は、私の代で呪いは終止符を打つのだろうか。
このまま呪いの効果が切れるまで永劫の時間を生き続けるか、妻を忘れて人間に戻り普通の人生を歩むか。
「マーリンが私を殺すというのはできないのか?」
『無理だね。棘によってガードされる。この質問も前に聞かれたかな』
飽き飽きした感じで返答する友人に、長い年月付き合わせてしまって申し訳ない気持ちが芽生えた。たぶんマーリンはこう私に問うだろう。
『それで薬を飲んで彼女のことは忘れるかい?』
息ができなかった。
マリアとの記憶を、彼女がいたことすら消去する?
鮮やかな黄色の髪、金盞花の瞳、振り向きざまに微笑む姿が愛おしくて、今もまだ彼女への思いが溢れて止まらない。
私を呼ぶ声、笑顔。抱きしめたときの心地よさ。
私の生き方を変えた女性。彼女以外に誰かを愛すなんてできない。
「マリアを忘れたくない。彼女とすごした日々を私はなかったことにしたくない。……それだけは――できない」
はあ、と溜息が漏れた。
『まあ、そう言うと思ったよ。好きにすると言い。すでに君の領地から住民は待避させているし、棘も今のところ屋敷内に止めている。僕は半分精霊だからね。……マリアにも頼まれたのもあるから最期まで見届けてあげるよ』
「……悪いな」