身代わり婚のはずが冷徹御曹司は一途愛を注ぎ貫く
エレベーターは外側が一面窓となっている。解放感のある景色が広がっているのに、私の居心地は一気に悪くなる。なにか会話をした方がいいのだろうか。それとも、会釈とか?
ちらりと顔を見てみたが、彼は私を見ないふりをしている。というか覚えていないのだろう。先ほど一瞬ではあるが言葉を交わしたはずなのに、やはりこの人にとったら村人Aとでもいった存在なのだろう。それは幸いだが、万が一思い出してしまったときに気まずいため、私はバッグに入っていたマスクをそそくさと装着して顔を見られないよう肩をすぼめた。
――ガコン
「えっ」
思わず声が出た。かすかな振動とともに、エレベーターから見える景色が止まった。
いったいなにが起こったのか。エレベーターの扉上部を見ると、ランプが十五階で点灯したままになっている。
「……エレベーター、停まった……?」
誰に言ったわけでもないが、私は呆然と事実を確認した。返事がないため一瞬存在を忘れていたが、息遣いが聞こえ。ここには柊専務も一緒にいるのだと思い出す。
……って、無視かい!