身代わり婚のはずが冷徹御曹司は一途愛を注ぎ貫く
「そうですね」ぐらい言ったらどうだろうか。こちらだって緊急事態だからコミュニケーションを取ろうとしているだけだ。
「ひゃー……高いですね」
無視されるとはわかっていても存在を確認したくて口を開いてしまう。こんな状況では花純を演じることなど無理だから黙らなければいけないのに、つい「ねえ?」と彼に同意を求めてしまった。
すると、彼は小さく、消えそうな声で「黙れ」とつぶやいたのだ。
「……え」
「話しかけるな。静かにしてくれ」
な……な……なんて失礼な人なの? あまりに予想外の言葉に度肝を抜かれ、怒りがふつふつと湧き上がってくる。恐怖も混ざっていたためどうにか爆発することは免れたが、腹が立ってしかたがない。
エレベーターが停止してからこの間、おそらく数十秒だったと思う。体感では数分に感じられたが、交わした言葉の数はいくつかしかない。やっとエレベーターが動き出し、下へ降りていく。最寄り階である十四階で再び停止すると、今度はドアが開いて降りられる状態となった。エレベーターが停止するとこうなるのか、と安堵とともに感動する。
「開きましたね」