身代わり婚のはずが冷徹御曹司は一途愛を注ぎ貫く

また口を利いてしまった。彼はなにも言わないままフラリと出て行ったため、私も後に続いて降りる。なんだか変だ。パーティーの最中は常にしゃんと立っていたのに、今は心なしか猫背になっている気がする。喋らないというより言葉に詰まっているというか、無視しているというより上の空というか……。

「……あの。大丈夫ですか?」

 私は思い切って声をかけ、前を歩く彼の手首を掴んだ。

「触るな!」

今度ははっきりと拒絶をされた。手を弾かれ、指輪を嵌めた指が少し痛む。そのときこちらを振り返った彼の顔は真っ青で、尋常ではない量の汗をかいていた。思えばエレベーターに乗ってきたときから少しピリピリしていたし、会釈もできなかったのはおかしい。

「もしかして、高いところが苦手なんですか?」

尋ねた瞬間、彼の体はビクリと揺れた。やっぱりそうなんだ。事情がわかると、必死に動揺を隠そうとしていたせいであんな態度をとったのだと汲み取れた。高いところが特に平気な私でさえ怖かったのだから、高所恐怖症の人には耐えがたい体験だっただろう。

「すごい汗ですよ。今ハンカチを……」

「いい。申し訳ない。少し放っておいてくれ」
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