身代わり婚のはずが冷徹御曹司は一途愛を注ぎ貫く
チェックインの時間帯ではないからか十四階の客室に人の気配はなかった。
こんなところでひとりでどうするというのだろうか。彼はついに手を顔に当て、その場で膝を折ってしゃがみ込んでしまう。その弱弱しい姿を見ていると強がる彼に同情してしまい、ここに置いていくなんてとても無理になった。花純のふりをしていたことなど今はすっかり抜け落ちてしまい。
「大丈夫ですよ、ほら。ゆっくり息をして」
私は彼の背中を擦り、「スーハ―スーハー」と呼吸のお手本をしてみせる。触れてみて初めてわかったが、彼の背中は震えていた。
「はぁっ……はぁっ……」
まだ呼吸は荒いし、体の震えも止まらない。手を伸ばして汗を拭いてあげると、今度は拒絶されなかった。しばらく擦りながら考えていた。孤高の存在にも苦手なものがあったのか。大人しく擦られながら私とともに呼吸をしようとしている。やっぱり、こんなときは誰かがそばにいた方が安心するはず。それは誰だって同じなのだ。
私は考えることをやめ、彼の体を引き寄せた。
「大丈夫、大丈夫。私は今日、偶然居合わせただけですから。なにも心配いりませんよ」