身代わり婚のはずが冷徹御曹司は一途愛を注ぎ貫く
食事も必要ない、か。そしたらもう、この家で私はなにをすればいいのだろう。
そこでふと気づいた。貴仁さんは失恋をしたばかりなのだ。花純と結婚できると思っていたのに、私で手を打つことになった。同居するのが花純だったら、同じベッドで寝るのが花純だったら、食べられるのが花純の料理だったら、彼はきっとそんなふうに、私の存在を花純に置き換えては今も苦しんでいるに違いない。
「まだ花純のこと、好きですか」
私が掠れた声でそう尋ねると、貴仁さんは口を着けていたコーヒーカップを置き、その水面を見つめる。
「……そうだな。何度も思い出している」
なんと言っていいのかわからなかった。すぐに切り替えて私を妻として扱って欲しいなど、私こそ気遣いが足りていなかったかもしれない。
「……そうですか」
貴仁さんのことを責めたり、理解できないと腹を立てることはやめようと思った。彼は苦しんでいる。しばらくは、それを受け止める壁のような存在でいよう。失恋中であることは彼と私の唯一の共通点なのだ。