身代わり婚のはずが冷徹御曹司は一途愛を注ぎ貫く
「えっ、あ、すみませんっ」
慌てて退こうと彼の胸板から体を離したが、ふと見上げた彼の顔つきはいつもと違っていた。頬が赤く染まり、戸惑った表情で私を見つめている。回された手はしっかり支えてくれているものの、微かな震えを感じた。
「香波。……大丈夫か」
耳まで赤くし目を泳がせながら、彼はそうつぶやいた。
この反応、見たことがある。最初に顔合わせをした日、私を花純だと思い込んでいたときの彼の態度にそっくりだ。孤高の存在という噂とはまったく違う、意中の相手の前ではこんなにも大人しく初々しい反応になってしまうのだと驚いた記憶がある。
「……は、はい」
考えを巡らせる中で、それでは今はまるで私が意中の相手にでもなったような反応だと気づき、「それはない」と心の中で否定する。勘違いしてはいけない。
「香波……」
「えっ、え!?」
すると今度は、彼の腕にもう一度体を引き寄せられ、ギュッと包まれる。
「貴仁さん、あの」
「好きだ、香波……」
きつく抱きしめられているため顔は見えず、耳もとで絞り出すような声が響いた。好きって言った? どうして……?