身代わり婚のはずが冷徹御曹司は一途愛を注ぎ貫く
一キロ近く歩いているのについてくるなんて普通ではない。私は花純がタクシーに乗らずに帰っていたらと思うと怖くなった。走って撒くこともできるけど、どこの誰だかわからないまま有耶無耶になってしまっていいのだろうか。また花純に付きまとうのかもしれない。歩きながら、振り返って対峙するか悩んでいると、再びスマホが鳴った。今度は着信音だった。
「はい」
前を向いたまま、画面も見ずに電話に出る。
『香波。歩いて帰っているのか?』
貴仁さんだとわかり、なぜか声を聞くとホッとした。
「はい。もうすぐスーパーなので買い物して帰りますね。あ、お夕飯をどうするかは考え中ですっ。気が向けば作りますけどぉ」
いじわるを言う余裕があるのか、声を聞いていたいのか、私は話し続けた。彼はそんな私の話には乗らずに『俺も行く』とまた子どものようなことをつぶやく。
「んもう、いいですよわざわざ来なくて。家で待っててください」
『なぜ俺を呼ばないんだ。その辺りは歩いたことがないだろう。道に迷ってないか?』
「歩くの好きですし、方向音痴でもありませんから大丈夫ですよ」
電話からはドアを開けて外に出る音が聞こえ、本当に過保護なんだからとさすがにうんざりした口調で断りながら、私はふと、また背後を振り返った。グレーのジャケットの男性はまだいる。しかし今度は、彼は私をじっと睨んでおり、私と目が合うと向こうは立ち止まった。
そうか、声を聞いて、私が花純ではないと気づいたんだろうか。