銀色ネコの憂鬱
「これからお店の商談てことは、結構忙しくなるの?」
「そうですね…お店もたくさん回るし、地方の展示会とかもあるので出張もあります。」

展示会とは、文房具の卸問屋(おろしどんや)が主催する商談会のことで、いろいろなメーカーが会場内の自社ブースに商品を並べて、来場した店舗のバイヤーと商談する場だ。

「出張…」
蓮司は少し考えてから口を開いた。
「スミレちゃん、しばらくここには来なくていいよ。」
「え?」
「そんな忙しいのに毎週ここに来る予定組んでたらぶっ倒れるんじゃない?」
「え、でも契約…。それに、社長と柏木さ…えっと先輩がカバーしてくれるので…」
「契約は、俺がいいって言ったらいいよ。それに明石さんに借り作りたくないし。」
(借り…?)

“週一以上来い”と言われて憂鬱だったアトリエ訪問が“来なくていい”と言われると寂しい気がする。
「スマイリー…は…」
「ちゃんと面倒見てるから大丈夫だよ。」
それは菫もわかっている。
ここのところ、平日は毎日のように仕事帰りにアトリエに寄るのが当たり前になってしまっていた。

「…というわけで、しばらくはアトリエに行かなくて良いそうです。」
菫は明石に報告した。明石や他の社員には、あくまで週一で通っていることだけ伝えている。
「それは良かったね、って言いたいけど…川井さん、なんか寂しそうだね。」
明石が見透かすように言った。
「猫が…」
菫が言い訳のように言うので、明石は笑った。
「自分のキャパさえ考えて行動してくれれば、プライベートまでは口出さないよ。」
「え…っ!?えっと…プライベートって別になにも…だ、大丈夫です。」

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