銀色ネコの憂鬱
翌朝
菫は蓮司のベッドで目を覚ました。蓮司は先に起きたようで、もうベッドにはいなかった。アトリエには何度も来ていたが私室に入るのが初めての菫はキョロキョロと部屋を見回した。
(パソコンとかカメラとか、ここにあるんだ…)
菫は蓮司の匂いを感じながらゆっくりと部屋を出た。
蓮司はアトリエで朝の陽光の中、キャンバスに向かっていた。足元ではスマイリーがオモチャで遊んでいる。
(銀色の髪…朝日に透けててきれい…)
「おはよ。」
菫に気づいた蓮司が言った。
「おはよう…ございます…」
菫が頬を染めながら言った。
「あれ?敬語に戻ってる。」
「え」
「敬語禁止。」
「無理……」
真っ赤になって手で顔を隠す菫を見て蓮司は笑った。
「朝ごはん食べる?パンくらいしか出せないけど。」
菫はコク…っと(うなず)いた。
蓮司が絵を描いているのを見ながら、菫は長机でスマイリーを膝に乗せてジャムトーストを(かじ)った。
「…こんな…朝から描くんだ。」
「日によるけど、朝はあんまり描かないかな。」
蓮司が答えた。
「スミレちゃんといると描きたくなるんだよね。」
蓮司が目を細めた笑顔で言った。
「今日はとくに。寝顔もかわいかったから。」
その一言で、菫の顔は耳まで真っ赤になった。
「……そういうの、言わないで。」
スマイリーが菫の方を見てニャアと鳴いた。

菫はあらためてアトリエを見渡した。
蓮司が鼻唄まじりに絵を描いていて、スマイリーがいて、自分がジャムトーストを齧っている。
初めて来た日に感じたこのアトリエの寂しさは、もう感じなかった。
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