銀色ネコの憂鬱
「…は?いつどこで?」
菫が意外なことを言ったので、蓮司は驚いた表情(かお)を見せた。
「一澤さんの個展で見ました。青山のギャラリーで…」
「……え…」
蓮司が個展をひらいたのは4年も前で、その一回きりだった。
「あの時初めて一澤さんの絵を見たので、私にとっては一澤さんの絵は大きくて絵の具で描かれてるのが当たり前で…求められていたリアクションができなくてすみませんでした。」
「…いや、あの…え…マジか…」
蓮司は左手で口元を押さえて、“信じられない”と“ばつが悪い”と“照れ臭い”が混ざった表情をしていた。
「いや、こっちこそ失礼なこと言ってごめん。」
「動物の絵のことは…」
いつの間にか蓮司は菫の言葉に真剣に耳を傾けていた。
「個展で“自画像”って猫の絵が飾られていたので…“基本的に”静物画しか描かないかもしれませんけど…」
「………」
「それにこのアトリエ、猫がいるんじゃないですか?」
「………」
何も言わなくなってしまった蓮司に、菫は恐る恐る続けた。
「…猫のおもちゃみたいなものが…あるな、って…思ったのと…この机の脚、猫の爪の跡みたいなのがある…ので…」
菫は机の脚を撫でると、蓮司の方を見た。

(え?)

立っている蓮司の長い前髪の下、頬に光るものが見えた。
(…泣いてる…?)
「猫は…」
蓮司が口を開いた。
「…もういない」
そう言った蓮司の声は(かす)れていた。
「え…」
「…ずっとここにいたのに…」
蓮司の涙が次から次に溢れてきているのがわかる。菫は思わず立ち上がって蓮司に近寄った。
「あの、ハンカチ…」
蓮司はハンカチを差し出した菫の手を無視して、項垂(うなだ)れるように菫の肩に額をつけた。
「え!?あの…」
「サクラ…」
(猫の名前かな…)
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