銀色ネコの憂鬱
「蓮司!?」
「………」
「待って どこいくの!?」
蓮司は無言のまま出て行こうとしている。菫も急いで荷物を持って追いかける。
「蓮司!!」
「…スミレちゃんは仕事行きなよ。」
蓮司が淡々とした熱の無い口調で言った。
「あ…」
出勤の途中だということをすっかり忘れていた。
(どうしよう…今日、午前中にいくつか商談入ってる…)
菫が迷っている間にも、蓮司は止まることなく歩いていく。特段急いでいる風でもないが、歩幅を合わせる気のない蓮司の一歩に追いつくのが難しい。
「待ってよ!ねぇ!」
菫は歩きながらスマホを取り出した。
(えっと、会社に連絡…)
菫がスマホを操作しようとしてもたついている間に蓮司の背中がどんどん遠くなる。
大通りに出たところで蓮司がタクシーを止めるのが見えた。
「ちょっと待ってよ蓮司!」
菫はあきらめてスマホをしまうと、急いで蓮司の止めたタクシーに駆け寄った。
「春秋文化社まで。」
蓮司がタクシーに乗り込みながら行き先を伝えるのが聞こえた。
(やっぱり…!)
「私も乗ります!」

タクシーの後部座席
「蓮司、行ってどうするの!?」
「………」
蓮司は無言のまま菫の方を見ようともしない。
「もう少し気持ちが落ち着いてから、電話とかメールとかで…」

———ハァ…

「…スミレちゃんは仕事行けって言ってんじゃん。」
「そんな怖い表情(かお)の蓮司を放って行けるわけないじゃない…」
(この前より怖い顔してる…)
「………」

落ち着きをはらったような蓮司とは反対に、菫の胸には不安ばかりが募っていく。鼓動はドキドキと落ち着かない。
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