契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける
まさか週に二度も地元に足を運ぶとは思わなかった。
実家から三駅ほど離れた住宅街の一角にあるバーは、相変わらず閑散としていた。祖父の友人が仕事の傍ら趣味でやっている店とは言え、経営は大丈夫なのかと不安になるほど、この店が賑わっているところを見たことがない。
黒いスクエア型の二階建ての建物には、一階部分に細長い窓がみっつ並び、その隣に木製のドアがある。一応控えめな看板はあるものの、店内がよく見えずどんな雰囲気かもわからない店に通りがかりで入ろうと思い至る人間はまずいないだろう。
店内の配置はいたって普通で、カウンター席が六席とその後ろにテーブル席がふたつ。ひとつひとつの家具からインテリア、控えめなBGMから照明まで、マスターのこだわりが詰まっていて居心地がいい。
バックバーに並ぶアルコールの種類も豊富となれば、一度取材でも入れば人気が出るのは必然だ。
もっとも、その静かな雰囲気が気に入り通っている俺からしたら、繁盛したらしたで困るのだが。
いつもは気分をリセットするためにひとりで来るが、今日は待ち合わせだった。相手の姿がないことを確認してからカウンター席に座ると、もうすっかり顔なじみになっている初老のマスターが「いつものかい?」と聞いてくるのでうなずく。
ニコニコとしていて愛想はいいのに、必要以上に話しかけてこないところも気に入っている。