契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける

他にも女性のバイトはいたのに柚希だけを送っている時点で普通だったら俺の気持ちに気付くと思うのに、彼女は恋愛方面にとことん鈍く、まだ告白できる状態でなかった俺からしたら、そこに救われてもいたし焦れてもいた。

そんなある日、柚希が『帰りたくないなぁ』と独り言みたいにこぼしたことがあった。

柚希の家の事情を何も知らなかった俺は、普段そういった感情をこれっぽっちも見せない彼女の発言に困惑と期待を入り混じらせていたが……あの言葉の真意は違ったのだと、あとになって気付いた。

数人の女子高生を堂々と追い返す柚希が、酔っ払いに絡まれて震えながらも逃げなかった柚希が、唯一こぼした弱音だった。
後先考えずに攫ってやればよかった。

しばらく黙っていた雄二さんは、後悔の念を押し込むようにグラスを傾けてから続けた。

「結局、大学在学中に兄の龍一くんとの結婚話が出て、柚希は卒業を待たずに家を出た。母親の狙いとしては、溺愛している龍一くんを他の女性に渡したくないっていう思いと、柚希を若女将に仕立て上げることで話題作りをして、集客を見込んだんだろう」

『うちの旅館の〝白川楼〟ね、十年前くらいに母が先代から引き継いだ翌年くらいから経営が傾いてるの。だからこの十年、母なりに色々手を加えていて、今回もそのうちのひとつなんだと思う。いずれ〝白川楼〟の主人となる兄と結婚させて私を若女将に……』
『おまえを若女将として表に立たせれば、美人若女将だとかメディアが騒ぎ出す。しかも親のいないおまえなら、どんな扱われ方をしても逃げ出して頼る場所もない。裏から母親がいいようにこき使えると踏んで……ってところか。嫁としても誰よりも都合よく扱えるしな』

再会した日、柚希とした会話を思い出す。

< 148 / 171 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop