契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける


「いつか脱出するんだって、そればかり考えてバイトを詰め込んで過ごしてた。それで、ピカピカで平和な生活をスタートさせるんだって目標にして。結局、家を出たところでビクビク怯えてばかりで平穏なんてなかったけど」

家を出る時期だって、大学を卒業してすぐにと決めていたのに、なかなか予定通りにはいかない。

「母親も私が気に入らないなら放っておけばいいのにって思うけど……きっと、自分の幸せを奪った私が、どこかで幸せになるのが許せないんだろうね」

家にいる間は、自分が無視したりひどい言葉を浴びせることで、私にダメージを与えられて満足だったのだろう。私を虐げることで、父親と不倫相手に仕返しした気でいたのかもしれない。

でも、家を出た私が今、どこでどんなふうに生活しているかは母親にはわからない。
万が一にも私が幸せな人生を歩み始めているかもしれないと考えると、堪らなく嫌なのだと思う。

私を若女将として手元に置いておきたいのは、旅館のためもあるにしても、母親のそういう意地悪な欲を満たすためでもあるのだと思う。
私にずっと不幸でいてほしいのだ。

「無関心になってくれれば母自身もきっと一番楽なのにね。ああやって私に嫌な思いさせようって、幸せになんてならせないってこだわっているうちは、父親が不倫していたっていうツラさからいつまでも逃れられないのに。そう考えると、父親が亡くなった今も囚われている母親が少し可哀相だなとも思う」

目を閉じたまま淡々と話す。
瞼の裏には、私を蔑む母親の顔が浮かんでいた。

私は生まれて今日まで、母親に好意的な感情や表情を向けられたことは一度もない。
私を見る目はいつも憎しみで歪んでいたし、声には嫌悪感が滲んでいた。

今更それをどうこう思わないけれど、それでも、思い出したくない時間となっているのは、血の繋がりがなくとも〝母〟という存在に大事にされなかった事実を悲しく受け止めているからだろうか。

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