契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける


「でもさ、正直なところ、戸籍にバツがつくわけじゃん。ちょっとためらったりしなかった? 本当によかったの?」

切り込んだ質問だからか、蘭が私の気持ちを窺うようなトーンで聞いてきたので、笑顔で返す。

「ううん。この先、離婚歴で困ることはないとは言い切れないけど、もし困ってもそれはそのとき考えればいいかなって。とりあえずは今の安全を取りたかった感じかな」

間違っても兄との婚姻届なんて出されるわけにはいかない。
きっとその時点で、私の人生はあの家に縛られて終わってしまうし、それにどれだけ逃げても怯えなくてはならない生活にももう限界だったのだ。

「動くべきタイミングだったし後悔はないよ」

そう笑ってみせると、蘭はニッと口の端を上げた。

「私、柚希のそういうあっけらかんとした楽観的なところ好き。でも、結果的とはいえ、相手に有沢さんを選んでよかったよね。柚希のお母さんも、有沢グループの御曹司が旦那だって知ったら気を遣って迂闊に手を出せないだろうし。あ、そうだ。これ、頼まれてた写真ね。勝手にスクロールして見て」

手渡された携帯には、懐かしい風景が映っていた。

スクロールしていくと、老舗旅館の外観、玄関、そして通路や部屋まで、お客様が立ち入れる場所が何十枚もの写真に収められている。

ひとり旅が趣味で、毎月色々な旅館を巡っている蘭に頼んで、〝白川楼〟を撮ってきてもらったものだった。

自分で帰るわけにはいかないため、旅費を私が負担する代わりに様子を見てきて欲しいと頼むと、蘭は『もちろん。でも、お金はいいよ。……って言っても聞かないだろうから、半分だけもらおうかな』と笑ってうなずいてくれた。


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