契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける


「十年前、母親が継いでから客足が遠のいて経営が傾きだしたんだけどね、そのときに母親が昔から働いてくれていた従業員を辞めさせたの。人気がなくなったのはフレッシュさがないせいだから必要ないって。ひどい仕打ちだった」

もしかしたら、私を可愛がってくれていたのが気に入らなくて、というのも理由のひとつだったのかもしれない。
そういう申し訳なさを感じたから距離をとろうとした私に対して、雄二さんは初めて怒った。

『子どもがおかしな気を遣うな』と、真剣な顔と声で言われたときは少し怖かったけれど、あれはきっと〝諦めるな〟と伝えたかったのだと、今ならわかる。

私が自分の意思を持ち自由な未来を掴むことを諦めて、ただ母親に虐げられる人生に身を委ねることを、雄二さんは危惧していた。

本当に情が厚くておおらかで、人の機微に敏感で、素敵な人だ。

「結局、そんなふうに従業員をリストラしても客足は戻っていない。きっと、母親が関わっている限り〝白川楼〟は持ち直さない。兄も……学業だけで判断するとすごく優秀みたいだけど、トップに立って引っ張っていくタイプにも見えないし、立て直すには外部に任せるしかないんじゃないかな」

兄との接触は禁止状態だったから、兄がどんな性格なのかはわからない。

でも、本当に少しだけ交わした会話を思い出す限り、大人しいタイプに思う。母の溺愛は兄本人もわかっているだろうに私に対して横柄だったり意地悪な態度をとるわけでもなかったので、決して悪い人ではないのだろう。

ただ、自分の意思やリーダーシップがなさそうというのは、旅館の主人になるには致命的に思える。


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