契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける
「そういえば、そのお兄さんもたぶん、見たよ。女将さんの後ろをついて歩いてた。女将さんは〝時期主人となりますのでどうぞよろしく~〟って言って回って、お兄さんが少しでも褒められると〝そうでしょう?〟って顔緩みまくってたけど、そういう態度も老舗旅館には合わないなって思った」
苦笑いしながらの蘭の話を聞いて、そのときの光景が浮かぶようだった。
「母親は、兄が跡取りとして周りに認識されるのが嬉しくて仕方ない人だからね。そのうち、母親が気に入るような女性が兄と結婚してくれたらいいんだけど」
今更実家に帰りたいなんて思わない。
仲のいい家族になりたいとも、母親からの愛情が欲しいとも微塵も思わない。
そんな時期はもう二十年ほど前に終わって、自分の気持ちとも折り合いはついている。
私の願いとしては、もう今後の私の人生に関わってきて欲しくない、それだけだ。
欲を言えば、〝白川楼〟を元の暖かみのある旅館に戻して欲しいけれど……それはきっと難しいだろう。
まぁでも、私には関係のないことだ。
実家のことを考えると心をどす黒い霧が覆い、それが堪らなく嫌なので、早々に切り替える。
「蘭。写真と偵察ありがとね。助かった」
「ううん。私も楽しかったし、旅費も柚希が半額出してくれた分、浮いたしね。今度旅行したらお土産奮発するから楽しみにしててね」
私の事情を知っても、こうして明るい笑顔で接してくれる蘭にホッとしながら、カフェの制服に着替え仕事に入った。