契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける


「ああ、そうだった。雨に降られたからタオルをとりにきたんだった」

筋肉で騒ぎすぎて忘れていた。

「悠介も降られたの? だからここにいたんでしょ?」
「ああ。そこまでじゃないから、上だけ着替えようと思っていたところだ」

なるほど。雨に降られたふたりが密室にいたら湿度だって増す。
それがいくら、普通のアパートのそれよりもよほど広さのある、高級ホテルの洗面所だとしてもだ。

ああ……そうか。でも、だから、空気の濃度が上がった気がしたのか。

悠介に両手を掴まれて視線が重なったときから、やけに雰囲気が水分を含んだように感じていたけれど、そういうことかと納得する。

濡れた前髪の先からこめかみを伝って雫が流れていく感触が気持ち悪くて拭おうとしたのだけれど、どういうわけか、まだ両手は拘束されたままだ。

なので、離してくれるようお願いしようと見上げて……なんとなく、それまでとは違う雰囲気を感じ目をしばたたいた。

「……悠介?」

悠介の目は掴んだままの私の左手を見ている。その視線の先にあるのが薬指にはまった結婚指輪だとわかり、そのとき私自身もようやくその存在を思い出す。

いい意味で存在感を発しないため、違和感がまるでなく、つけているのを忘れていた。
高い指輪はみんなこうも着用感がゼロなのだろうか。

呑気にそんなことを考えていると、悠介がこちらを見る。指輪から私の瞳にゆっくりと移動する眼差しになぜだかドキリとした。


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