契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける
まるで海の中にでも沈まされたみたいだ。
ずっと、そんな過去は乗り越えたと思っていた。
私は大丈夫だって。
それなのに、今更、本当はトラウマとして心に残っていると気付かされる。
まだ、どこかで母親に愛されたかったと願う自分が眠っているのだとわかり、ものすごい自己嫌悪に襲われた。
なにも言えなくなりじっと見つめている先で、母親は険しい顔のまま続ける。
「あなたごときが偉そうに何言ってるの?! いい? あなたは私に何かを言える立場なんかじゃ……っ」
怒りに駆られた母親がさらに手を振り上げたとき、後ろから伸びてきた手に体ごと引き寄せられた。
バランスを崩し二歩後退したところで背中が何かにぶつかり、咄嗟に後ろを見上げて目を見張る。
だって、そこに立っていたのが夏美さんじゃなくスーツ姿の悠介だったから。
真っすぐに私を見る瞳を確認した途端、やっと空気を吸い込めホッとする。ふわっと鼻をくすぐる香りが悠介がいつもまとっているもので、それに気付き強張っていた体が解けていく。
何度か呼吸を繰り返していくうちに、恐怖一色でなにも考えられなかった頭も通常に動き出した気がした。
私の肩を掴んで支える悠介の手が温かくて自然と息をついていた。
「え……なんで? 夏美さんは?」
本来の計画であれば、弁護士を連れた夏美さんが登場する場面だ。
鉄は熱いうちに打てということわざ通り、相手が次の手を打つ暇も与えずにこの場ですべて収める予定でいた。
それなのに、どうして悠介が……と驚いている私を見て、彼がわずかに顔をしかめる。
その視線が母親に叩かれた頬を見ているとわかり、なんとなく手で覆って隠す。
なんとなく気まずいのは、パニック状態を見られたからか、悠介がツラそうな眼差しを向けるからか、どちらもだろう。