契約夫婦なのに、スパダリ御曹司は至極の愛を注ぎ続ける
「姉さんのブランドのホテルだろ? もう先に見えてる。俺もくるのは初めてだ」
悠介に倣って前を向く。進行方向の左側にはたしかに洋館が見えた。
背の高い針葉樹に囲まれた中に、アイボリー色をした建物がある。
「隠れ家をイメージしたって話だ。ホテルで使われているタオルやバスローブ、浴衣、カーペットや家具まで、気に入ったものは購入できるらしい。まぁ、つまりは大規模な展示だな」
「すごいね……。夏美さんのブランドってアパレル関係だけだと思ってたけど、家具とかまで手を広げてたなんてびっくりした。全部夏美さんのデザインなの?」
「もちろん専属のデザイナーも抱えてはいるが、八割がたは姉のデザインらしい。姉のセンスを気に入った客に頼まれて作ったのが始まりで、それなりに固定客がついた今は東北に二号店を建設中で、来年の夏には西日本にも完成予定だと聞いている」
そこで一度切った悠介が私にチラッと視線をよこす。
「それで、落ち込んでいる理由は?」
「え……なんで?」
「旅館を出たときにはスッキリした顔をしていたのに、車に乗ってしばらく経った頃から急に大人しくなった。誰でも気付く」
そんなことはないと思う。
常にしゃべっているような口数がものすごい多いタイプでない限り、少し黙っていたくらいで引っかかったりしない。
私は暗い性格ではないしどちらかと言えば子どもっぽい部分はあるにしても、そこまでうるさいわけではない……はずだ。
それに、車に乗り込んでから十分もかからないうちに夏美さんに電話をかけている。
そんなわずかな間に私が元気かどうかなんて悠介にわかるものだろうか。
弁護士って、洞察力がものすごいとか?
だとしたらすごいな、と思いながらも笑顔を作って「そんなことないよ。大丈夫」と答えると、悠介は呆れたように小さく息をついた。