契約結婚のはずなのに、予定外の懐妊をしたら極甘に執着されました~強引な鉄道王は身ごもり妻を溺愛する~
 伊織さんは一瞬息を止めたけれど、すぐにゆっくりとわたしに語りかけた。

『三十分以内に戻る。それまでひとりでいられるか?』
「ええ。待ってます。でも……」

 我慢できなくてしゃくり上げた。伊織さんの子を身ごもってから――伊織さんに恋してから、泣いてばかりいる気がする。

「お願い……早く帰ってきて」
『わかった。最速で帰る』
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
『謝らなくていい。大丈夫だよ。電話はつないだままでいるから、なにかあったらすぐ教えてくれ』

 スマートフォンの向こう側で、伊織さんがだれかに指示をする声がする。ぼんやりと人々のざわめきが聞こえる。
 どうやら会議中だったらしい。
 迷惑をかけてしまったと後悔したけれど、それ以上に恐ろしくて、すがるようにスマートフォンを握りしめる。
 赤ちゃんがどうにかなってしまったら、どうしよう。
 わたしの子ども。伊織さんとわたしの娘。
 一度はあきらめようと思っていた命だったのに、この子はもうかけがえのない存在になっていた。
 伊織さんは会社の中でも、会社から出て乗った車の中でも、電話口で泣きじゃくるわたしをなだめつづけてくれる。
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