契約結婚のはずなのに、予定外の懐妊をしたら極甘に執着されました~強引な鉄道王は身ごもり妻を溺愛する~
 ちょうどそのとき、ランチコースの前菜が運ばれてきた。
 漆塗りのお盆の上に、木製の小鉢がいくつも並んでいる。菊の花のお浸し、あんぽ柿のチーズ巻き、栗やくるみの白和えといった秋らしい彩りの料理が、少量ずつ何種類も味わえるのが楽しい。
 メインディッシュは、鮎の塩焼きだった。『清流の女王』と呼ばれる鮎は、川魚の中でも香りがよくておいしい。

「この鮎はいいな」
「ええ、天然物は高級品で、地元でもそんなに食べられないんです」

 目を閉じて鮎を堪能していたら、「ぷっ」と吹き出す声がした。目を開けると、東條さんがおかしそうに笑っている。

「本当にうまそうに食べるな」
「いや、だってせっかくの鮎を味わい尽くさないと。東條社長も冷めないうちに食べてください」
「ああ、その『東條社長』って、もうやめないか。視察も兼ねているとはいえ、プライベートな旅行だ。それに、きみはうちの社員でもないしね」
「ええ? でも、社長は社長ですよね」

 今日初対面の大企業のトップ。そんな人を肩書き以外でどう呼んだら正解なのかしら。
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